■ 『ビルギット・ニルソン』 オペラに捧げた生涯/イゾルデが忘れられない (2008.12.9)




オペラ歌手ビルギット・ニルソンは2005年に87歳で亡くなった。スウェーデンの田舎で大きな声をはりあげていた少女が、努力のすえに世界の一流劇場で活躍するに至るという、本書はニルソンの自伝。オペラ出演のエピソードが豊富だ。カラヤンの渋ちんぶりを活写するプリマドンナの目は辛辣である。

ニルソンの名前を聞くと、ワーグナーの楽劇《トリスタンとイゾルデ》を思い出さずにはいられない。この楽劇のCDはいくつか持っているのだが、なかでも、カール・ベームの指揮したバイロイト音楽祭の録音が素晴らしい。歌手や指揮者・オーケストラの熱気が伝わってくる。透明感のある歌声でニルソンは当代一のイゾルデではなかったか。

このバイロイトへの出演(1962年)をニルソンは、待ちかねていたようである。ヴィーラント・ワーグナーが《トリスタン》を新しく演出すると、知ったとき。「今しかない、一度はヴィーラントと一緒に基礎から役作りをしてみたい」と思ったという。突然のオファーには、カール・ベームの推薦があったらしい。

ヴィーラントの演出は天才的だったという。舞台は巨大な男根のオブジェを除いて、空だった。映写、色彩、照明で雰囲気を醸しだし、しかもワーグナー音楽におけるロマンティックで劇的な物語をいっそう強調する独特の技法は今までにないものだったと。

60年代にデッカに録音したオペラの数々も忘れられない。《ニーベルングの指環》のブリュンヒルデとか、もちろん《トリスタン》も。

デッカの録音チームとの仕事は、時に意見のぶつかり合いもあったが、快調だった。しかし、いつも満足していたわけではないと言う。オーケストラと歌手のバランスの点で不満がある。歌手は巨大なオーケストラの響きにかき消されてしまう。オーケストラの音が全体的に大き過ぎると。プロデューサーのジョン・カルショーや音響エンジニアのゴードン・パリーと何度も討論したようだ。

この《ニーベルングの指環》第3作《ジークフリート》の最後のシーンの録音はまさに緊張感溢れるものだった。一同は弓を張ったようにピンと気を引き締め、楽譜を脇に放りだした。ヴィントガッセン(ジークフリート)は素晴らしく、ショルティが火をつけた。カットもやり直しもなく完璧だった。「最高だ!」とショルティは叫んだ。


 (追)
本書のカバーはバイロイト音楽祭の《トリスタンとイゾルデ》の舞台写真である。グラムフォンから出ているCDのカバー写真もまったく同じものである。ところが、お互いの写真が左右反対のいわゆる裏焼きである。それぞれに、写真:S.Lauterwasserとのクレジットが見られるのだが、ミスなのか意図的なものなのか?

◆『ビルギット・ニルソン オペラに捧げた生涯』 ビルギット・ニルソン著・市原和子訳、春秋社、2008/8

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