■ 『「できません」と云うな』 オムロン創業者 立石一真 (2011.4.28)



先年亡くなった経営学者のドラッカーと、本書の主人公であるオムロンの創業者・立石一真には親交があったそうだ。立石の逝去に際して、ドラッカーの回想のことばはこうである――「彼ほど技術について造詣が深く、その方向性とイノベーションについて明確なビジョンをもった人を私はほかに知らない」と。


オムロンは、現代のオートメーション時代にあって欠かすことのできない、交通管制システムなどの情報システムに加えて、基幹製品を開発している。自動券売機、キャッシュ・ディスペンサー(CD、現金自動支払機)、オートマチック・テラー・マシン(ATM、現金自動預け払い機)、など枚挙にいとまがない。それに近年普及の著しい、非接触型ICカードを使った乗車券/プリペイド・カードは得意分野だ。、

1933年、オムロンは京都の小さな町工場からスタートした。土間に作業台を置いただけで、レントゲン用タイマーの生産を始めたそうだ。その後、家族の不幸や倒産の危機など、長い曲折を乗り越え、マイクロスイッチ(超小型スイッチ)の独自開発に成功する。

その頃、オートメーションという新しい市場は、既にアメリカでは芽吹いていたものの、日本ではまだどの会社も乗り出していなかった。立石は、オートメーション工場に必要なのは、制御継電器であり、マイクロ・スイッチ、やタイマーなどが多種多様に使われるだろうと考え、あえてリスクを冒すことを決断した。

オートメーションの旺盛な需要に応じていけば、必ず品種が増えて生産管理が面倒になる。これまでの工場生産方式では行きづまるだろう。立石は新しい経営形態を模索した。製品別に別会社方式で専門工場をつくれば、全体としては多種少量生産だが、各専門工場では少種多量生産を維持できるので、生産効率がいいはずだ。

立石が行きついたのは、分権経営である。――生産管理と労務管理以外の財務、総務などサービスなどの管理・事務一切は親会社が集中管理する。研究開発と販売会社も独立させ、専門工場は生産に専念する。専門工場は独立採算制とするのだ。このアイデアをプロデューサー・システムと名づけ、1955年から実践した。

分権経営はドラッカーが着目し紹介して有名になった経営手法である、ここから、ドラッカーと立石の親交が始まったのだろう。
ドラッカーの言葉を付け加えれば――「立石一真氏は際立っていた。徒手空拳で企業を興し、技術において世界的なリーダーになっただけでなく、その才能、人間性、博識、そしてビジョンにおいて優れていた」。


◆『「できません」と云うな――オムロン創業者 立石一真――』湯谷昇羊、新潮文庫、平成23/4

    HOME      読書ノートIndex     ≪≪ 前の読書ノートへ    次の読書ノートへ ≫≫