■ 『イヴの7人の娘たち』 金正日に読ませたい (2004.12.19)




つい最近も「ミトコンドリア」が注目を浴びた。北朝鮮へ略奪された横田めぐみさんの遺骨だとされるものは、まったく別人のものだったそうだ。帝京大学法医学研究室が行ったDNA鑑定によれば、複数の人間の骨だという。鑑定の決め手になったのは、ミトコンドリアに含まれるDNAだった。(朝日新聞04.12.9)

本書は、すでに3年前の2001年刊行だが、いまだトピック性は失われていない。ヨーロッパ大陸の6億5千万人の母系祖先は、たった7人の女性につながっているというのだ。興味津々のルーツ探しではないか。7つのおもな遺伝学的クラスター(群)――ミトコンドリアDNA配列グループ――があることが明らかになったと。理論的には、7つのクラスターそれぞれの元となるひとつの配列は、すべてたったひとりの女性につながる。

なぜこのような結論が導かれるのか?ミトコンドリアDNAの特異な性質が関係しているという。DNAに見られる突然変異の回数を数えることによって年代を推定できること、安定に突然変異が蓄積・引き継がれるDグループがあること、そしてミトコンドリアDNAは母親にしか受け継がれないことだ。

ミトコンドリアは、どの細胞にも存在する細胞小器官。ミトコンドリアの仕事は、細胞が酸素を使ってエネルギーをつくりだす際にその手助けをすること。多いものになると1個につき千ものミトコンドリアを含んでいる。各ミトコンドリアの中心にはDNAが埋まっている――1万6500塩基しか含まれていない小さな染色体だ。環状の二重らせん構造とのこと。

ミトコンドリアにしても、細胞核にしても、細胞の分裂にともなうコピー作業中の単純なまちがいでDNAの変異が自然発生する。核DNA内で発生する突然変異の割合は非常に低いのだが、ミトコンドリアではその20倍もの突然変異があるという。ミトコンドリアDNAの配列がランダムに突然変異することから、それを一種の時計として利用することができるのだ。

ミトコンドリアDNAの環のなかで、突然変異が頻繁に発生し蓄積されている「Dループ」と呼ばれ区画がある。この部分には意味のある深刻なコードは書かれていない。意味のあるコードが書かれていれば、突然変異によってダメージがあるとき、そのダメージの大きさ故に突然変異は死に絶えてしまうからだ。

ミトコンドリアDNAが母親にしか受け継がれない理屈はこうだ。人間の卵子細胞質には、25万ものミトコンドリアが詰め込まれている。精子のミトコンドリアDNAはごくわずかしかない。卵子をめざして子宮まで泳いでいくのに必要なエネルギー分しか含まれていないからだ。精子が卵子に入り込み、細胞核の染色体パッケージを届けたあとは、そのミトコンドリアはお役ごめんとなり、しっぽとともに切り捨てられてしまう。受精卵には両親からの核DNAは揃ったことになるが、ミトコンドリアDNAは最初からその細胞質内にあったもの――すべてが母親のミトコンドリアDNA――だけしか残っていないのだ。


◆ 『イヴの7人の娘たち』 ブライアン・サイクス著、大野晶子訳、ソニー・マガジンズ、2001/11初版


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