■ 『半導体有事』 強いものを より強くすべき (2023-7-25)





朝日新聞(2023-7-22)の一面トップには『半導体「対中国包囲網」に参加 製造装置の輸出規制 米に呼応』とのタイトルがデカデカと掲載された。日本政府は7月23日から、先端半導体の製造装置23品目について輸出規制を強化する、とのことだ。先端半導体を中国国内で生産できないようにする狙いで、対中規制を強める米国に呼応した動きだという。

日本には半導体製造装置の分野で世界有数の技術を持ち高いシェアを誇る企業が多い。高性能の製造装置が手に入らなければ、中国がスーパーコンピューターやAIに使われるような先端半導体をつくることが難しくなる。2022年10月米国が発表した「中国の半導体製造能力」を規制する包囲網に日本が加わったことを示す記事だ。


この対中規制は、中国の半導体産業が壊滅しかねないほどに厳しく異次元レベルだ。中国の半導体市場はすでに世界最大の規模である。世界の3分の1以上の半導体を必要としているという。中国はなんとしても半導体の自給率を高め最先端の半導体を開発しようと試み続け、ついにSMICが7ナノの開発に成功した。この結果に危機感を抱いた米国が、厳しい規制を中国に課すことになったわけだ。中国は何らかの報復措置をとるだろう。最悪ケースは、中国が台湾に軍事侵攻してTSMCを占領するという「台湾有事」だ。このとき、TSMCは自ら半導体工場を破壊する可能性があるのか。

一般に半導体と呼ばれているのは正確には半導体集積回路である。シリコンの基板上にトランジスタ素子を集積して電子回路を構成したものだ。演算を行うロジック半導体、データを保存するメモリ半導体、電気・音・光・温度・圧力を処理するアナログ半導体等がある。微細化が重要な技術的ポイントだ。小さなチップになるべく多数のトランジスタを集積すれば、トランジスタが高速に動くと共に電力の削減やコスト減になる。最先端の半導体では1チップに数百億個のトランジスタが形成されるという。

多くの電子電機製品やクルマには半導体が使われているが、それほど高性能な半導体は必要ない。それよりもコスパに優れている半導体――28ナノとかだ。コロナ禍で各種電子電機製品の需要が爆発すると、それに使われる28ナノ半導体の発注がTSMCに殺到した。それが世界的に拡大して半導体不足を巻き起こした。近い将来にクルマのEV化や自動運転化が進展すれば高性能半導体がさらに必要とされる。最先端の5G通信用半導体とかAI半導体である。これらは最新のプロセスをもつTSMCにしか製造できない。絶望的な車載半導体不足が続くのだろうか。

日本の半導体産業は20年以上、斜陽産業の代表格だった。エルピーダメモリも2012年に経営破綻し米マイクロンに買収された。国家プロジェクトも立ち上げたが、全て失敗し2010年以降は全く無策の状態が続いていた。2022年、熊本にTSMCを誘致することになり、経産省は4760億円もの助成をすることになった。

これをきっかけに日本半導体産業が再興するという話で持ちきりである。しかし、筆者の疑惑は深い。またしても、日本の半導体産業は失敗を繰り返すことになるだろうと。さらに、無謀極まりないのはラピダスだという。2027年までに2ナノの先端ロジック半導体を量産するとは。どう考えてもミッション・インポッシブルだ。

日本の半導体産業への筆者の提案は以下のようだ。
<衆議院 科学技術・イノベーション推進特別委員会での意見陳述(2021-6-1)>
@日本のDRAM産業は安く大量生産する韓国の破壊的に技術に駆逐された
A日本半導体産業の政策については、経済産業省、産業革新機構、日本政策投資銀行が出てきた時点でアウト
B日本は競争力の高い製造装置や材料をより強くする政策を掲げるべきである
日本の優位は次の3点にあるという。
・ウェハ、レジスト、スラリ(研磨剤)、薬液等。半導体材料は日本が相当に強力である
・前工程で十数種類ある製造装置のうち、5〜7種類において日本がトップシェアである
・欧米製の製造装置であっても数千〜十万点の部品のうち、6〜8割が日本製である

筆者は「強いものをより強くするべき」だと主張する。装置産業のシェアは高いものの、各種の装置が複雑化して高精度化するにつれて、日本得意の開発法も曲がり角に来るかも。韓国や中国が自国生産を加速しているなか、欧米ではAIによるプロセス開発が活発化している。いつか日本の職人芸を凌駕するだろう。マーケティングと科学的なアプローチを重視し、世界標準の装置を仕上げる努力が必要になるだろう。まず、日本の装置産業は強い、という思い込みから脱皮することだ。経産省や政府は、TSMCを熊本に誘致したり新会社のラピダスを支援するのではなく。日本の最後の砦である装置や材料産業を強化すべきだ。

文明にとって半導体は必要不可欠なものになった。スマホやPCには多数の半導体が搭載されている。半導体の製造能力を各・各地域が囲い込もうとクレイジーな競争を繰り広げている。危機を乗り越えるためにはグローバルに協力し合うべきだ。TSMCの熊本工場が建設されれば日本半導体産業のサプライチェーンは万全ということは、夢幻にすぎない。


◆ 『半導体有事』 湯之上隆、文春新書、2023/4

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