■ 『ヒトの目、驚異の進化』 視覚革命が文明を生んだ   (2024-2-21)









本書は、なかなか幅広いテーマを扱っている。とくに気になったのが、第3章の「未来を予見する力」。副題には、「目の錯覚が起きる理由」とある。



 ← ヘリング錯視 (放射状の直線が膨らみを予想させる)


われわれが知覚するものは、実物とは違うようだ。「ヘリング錯視」といわれる図形では、2本の縦線が中央で外側にふくらんでいるように見える。ほんとうは、完全に垂直なのに。
著者は、この図形は、未来の予感を引き出しているという。ヒトは進化によって、未来を見る能力を備えた視覚系を獲得したと。この未来予見能力は、私たちヒトのほぼ全ての活動に関わっているという。未来予見能力は、なぜヒトが錯視を起こすのかという謎と、密接に絡みあっている。脳が未来を予見して、現在に合致する知覚を生み出そうとしたのだ。その結果で錯視が生じたという。



知覚の錯誤には何らかの目的があるはずだ。目の前のものをありのままに捉える(カメラ撮影のように)のではなく、その場の状況に最もふさわしいかたちで、行動に影響を与えるように、視覚系がデザインされた結果なのかもしれない。
私たちは、実行に先立って何をしようかと、あらかじめ計画するのが普通だ。未来がわかれば、それを知って予測を立てて、その未来が到来したときに賢明に振るまうことが可能になるだろう。

視覚系のデザインを考えてみよう。視覚を持つ動物(ヒトを含めて)は、現実の世界で走り、跳ね、飛ぶ。それに合わせて、視覚はカミソリの刃のような(一瞬の隙もなく)現在に対処しなくてはならない。例えば、ライオンが飛びかかってくる前に、どうすれば逃げ出せるだろうか?

時刻t1に目に光が届いたとき、脳は、その知覚が完了する時刻t2(t1ではなくて)に起こっているだろう知覚を生み出すべきなのだ。現在を知覚するためには、未来を先読みする必要があるのだから。
視覚系が光を受けてそれを視知覚に転換するために、どれだけの時間がかかるのだろう ――答えは0.1秒だ。もし網膜が光を受けたときに、そこにある物についての知覚を生み出すとき、知覚は発生時の0.1秒前の過去の世界を示していることになる。
毎秒1メートルのゆっくりしたペースで歩いたとしても、0.1秒間には0.1メートル進む。進行方向の10センチメートル以内にある対象を知覚したときには、実際にはその対象を通り過ぎているか、それにぶつかっていることになる。

動物(ヒトを含めて)は未来予見の能力を進化させてきた。対象があるべき場所にあるとヒトが知覚する一方で、画像に起こるべき変化が起こらないために、結果として知覚の錯誤が生じる。つまり私たちの視覚系は未来を予見して、その情報を利用して現在の知覚を生み出すが、予見した未来がやって来ないと錯視が起こるのだ。


◆ 『ヒトの目、驚異の進化 視覚革命が文明を生んだ』
   マーク・チャンギージー著/柴田裕之訳、ハヤカワノンフィクション文庫、2020/3

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