■ 『星新一 1001話をつくった人』 製薬会社の御曹司が…… (2007.6.4)




星新一のショートショートが前人未踏とも言える1001編に達したのは昭和58年である。作家デビューから26年、56歳であった。昭和63年には、新潮文庫の総発行部数が2千万部を突破したとのことだ。この数字は、松本清張、司馬遼太郎に次ぐという。すごいとしか言いようがない。

星新一は、「くすりはホシ」「ホシ胃腸薬」などの宣伝でかつては圧倒的な知名度を誇っていた製薬会社の御曹司であった。しかし戦後の混乱のなかで会社は倒産騒ぎに巻き込まれる。父の事業を引き継いだものの、借金は膨れ上がり、二十代の星が処理仕切れるものではなかった。会社は依然として債権者と係争中、製薬会社としての再建にはほど遠い。そんな状況から、星新一は作家としてのスタートを切る。

作文は下手だったという少年時代から、いかにしてショートショートの大家へと成長したのか。ベストセラーは続きSF作家として名を成すものの、文学的評価は低いという精神的葛藤を抱える。読み進むほどにスリリングと思えるほどの評伝だ。

しかし、どうしてあのようなショートショートのアイデアが次々と枯渇することなく湧出してきたのだろう。健全な常識があってこそ、意表を突くアイデアが生まれる、と繰り返し星新一は言っていたが。アイデアとは異質なものを結びつけるところから発生する。大変なのは異様なシチュエーション。この段階が最も苦しい。それができれば、ストーリーはなんとかなると。

異質な状況を設定するという最も困難な作業をより刺激的に、よりスピードアップするためには、まず素材を集めることだ。あらゆるジャンルの本を読み、映画を鑑賞し、人と会話し、人生経験を積んで、広く深く多様な素材を探すことだという。このとき、知識の断片に優劣はつけないようにすること。まさにブレーンストーミングの手法ではないか。

たとえば、手元にある本をたくさん積み重ねてタイトルに使われている言葉を分解し、その言葉を小さな紙に書いてバラバラに混ぜ、ランダムに組み合わせて意外なものを見つけるといったこと。

膨大な星新一の遺品からは、大量のメモが見つかったという。大きさは、2センチ四方の小さな断片から銀行手帳サイズ、文庫本サイズ、B4版などさまざま。内容は、単語だけ記した小さなメモや、短い文章を記したメモ、断片と断片を線で結びつけ、組合せを試行錯誤した形跡を示すメモ、物語のかたちになった長方形のメモなどであった。

断片的なメモの大半は、脈絡のない単語がいくつも鉛筆で書きとめられている。……幽霊と催眠術。友情と動物園。月賦と殺し屋。ドラムと鬼。チョウチンとツチガネ。まばたきと変装。左利きのサル。裏がえしの憲法。やとわれた怪物……。

これらのメモは、茶封筒やビニール袋に無造作に入れられてあったそうだ。アイデアの断片メモの山に手をつっこみ、くじを引くように取り出して、あれこれ組み合わせては、アイデア創出に苦吟している様が目に浮かぶ。このような発想的手法を仲間内では「要素分解共鳴結合」と称していたらしい。

◆『星新一 1001話をつくった人』 最相葉月、新潮社、2007/3


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