■ 『棋士とAI』 アルファ碁から始まった未来 (2018.4.27)










AI(人工知能)が囲碁の名人を連破したとのニュースがありましたね。このところAIの話題がかまびすしい。近い将来、AIによってかなりの職場が奪われてしまうのではないか、との恐怖も。それに、ディープラーニングとかシンギュラリティとか、いろいろ難しい用語が出てきて、フォローするのもなかなか大変です。本書の著者が、AI開発のエンジニアではなく囲碁名人であることに興味をひかれ、本書を手にとった次第です。


囲碁ソフトは、いままでは人間の棋譜を手本として学習し、それによって得られた認識を強化して人間に勝てるまでに成長してきた。囲碁のルールは単純である。無限に近い変化数を含みながらも内容は分かりやすい。碁盤のシェア(占有率)争いである。相手より多くのシェアを確保した方が勝者となる。囲碁ソフトの開発では、結果が勝ち負けによって明確に判定できる。1997年には、チェスのコンピュータ対局ソフト「ディープブルー」が世界チャンピオンを破るという成果をあげた。

2006年には、囲碁ソフトは「モンテカルロ法」を採用し大きな進展をとげる。モンテカルロ法とはランダムなシミュレーションによって近似的な答えを得る手段。ハードの性能が飛躍的に向上したため、何回もシミュレーションを行って、勝率を計算することが可能になったのだ。これによって局面ごとに勝率を計算し、評価の高い手を採用することで、囲碁ソフトの棋力が一気にアマ高段レベルにいまで成長した。

さらに近年は、「ディープラーニング」を取り入れている。ニューラルネットワークという人間の神経回路をモデルにしたもの。コンピュータの強力な演算能力によって可能になったのだ。ディープラーニングの特徴は自律学習。教えられたことしかできない、のではなく、新しいことに遭遇しても、それに自律的に対応できること。ディープラーニングで感覚(世界観のような)を獲得していれば、どんなシチュエーションでもそれをもとに対応できる。たとえば子どもが母親を認識すると、正面に向けた笑顔だけでなく、怒った顔も横顔も、認識できるようになること。

著者は人間とAI(囲碁ソフト)の違いは「ストーリー性」を持つかどうかの違いだと言う。ストーリーとは観察されたものに対する意味づけ。人間は、このストーリーを判断材料とする。見たものをそのまま理解するよりも、特徴をとらえ意味や前後関係で関連づけ自分が理解しやすいように加工するのだ。一方、AIはストーリーに拘らないで、認識したものをそのまま処理する。今までの経過など関係なく、局面そのものを正確に判断するのだ。AIの判断は絶対音感のようだ。

囲碁ソフトがストーリー性を持たないことは、人間の「部分と全体」の認識との違いに見られる。部分の認識で基本的なものは、連結・死活・大きさ、の3つがある。@連結(繋がり)とは;同じ色の石同志が一つのグループになっているかどうか。A死活;囲碁の唯一のルールは「取る」というルール。死活は身の安全そのもの。包囲され限られたスペースの中で生じるので、人間にとって、部分的な判断となる。B大きさ;人間は常に大きさをイメージして碁を打っている。労働報酬のようなものだ。一局を通じてみれば、死活が問題になる局面は少なく、対局の大半は大きさが思考の中心を占めている。

囲碁ソフトには、戦略はなく人間のような全局の概念もない。部分に対しては、人間であれば分かるまで読み、分からない全局に対しては大局観や戦略など、別のやり方で対応する。人間は序盤、中盤、終盤に応じて、無意識にスイッチを切り替え、それぞれの局面に適したような戦略、読み、手段(戦略)を考える。AIほど計算力がなく、限られた能力では、それが一番いい方法だから。人間はストーリーや部分の認識などに合わせて碁を打っている。

AIのもたらす変化は囲碁だけではなく、すべての分野に訪れるだろう。ディープラーニング技術だけを見ても始まったばかりだ。できないことでも、そのうちできるようになる。しかし、ディープラーニングにおけるデータの収集にしてもやっかいな問題がある。ディープラーニングでは、データの質と量が、完成度に多大な影響を与える。データが健康や好みなど、プライバシーにかかわる場合、より質のいいデータとは、よりプライバシーを侵害しているデータになるのだから。プライバシーの問題、人間の尊厳の問題、さらには権力から管理される問題など、人間社会の基本に大きく関わる問題になるだろう。


◆『棋士とAI―アルファ碁から始まった未来』MeionOu著、岩波新書、2018/1

【用語解説】(日経新聞2018.4.14から)
ディープラーニング【人間の脳の神経回路を模した情報処理システムを構築し,コンピューターが自らデータを認識して学んでいくこと】深層学習とも呼ぶ。AIの進歩を支える技術のひとつ。人間のプロ棋士に勝ったことで話題になったアルファ碁や将棋ソフトの開発にも使われている。
シンギュラリティー:【AIが人間超える転換点】人工知能(AI)が人間の能力を超える転換点を意味する。「技術的特異点」と訳すことも。2045年までにはシンギュラリティーを迎え、人間とAIの能力が逆転するとの予測がある。ただ、人間の持つ感情や喜怒哀楽がAIに表現できるのか、疑問も残る。

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