■ J.S.バッハ:《マタイ受難曲》  (2012.7.1)





東京バロック・スコラーズの第8回演奏会に、J.S.バッハ:《マタイ受難曲》を聞いてきた。すみだトリフォニーホール 2012.7.1(日)

《マタイ》の実演にはなかなか接する機会がないのだが、感動的な演奏会であった。やはり主役をつとめる合唱が、アマチュアであるという言い訳なしに、素晴らしかった。トレーニングを積んだという印象がある。ひとり一人のバッハへの敬愛の思いが伝わってくる演奏だ。80人近い規模だったか。男声がしっかり響きを支えていたのが印象的。


冒頭の壮大な合唱から始まって、劇的な"バルバラ!"の叫び。そして最終曲の"おやすみなさい"まで、長丁場をしっかり歌いきりました。もちろん、東京バロック・スコラーズ・アンサンブルの演奏もぴったりでした。オーボエの音色に惹かれました。ホールのオルガンを鳴らしたらどうか、と夢想しましたが。

福音史家:畑儀文さんも良かったですね。過度に劇的でないのがよい。それに発声がクリア――ドイツ語は分からないけど、真摯なエバンゲリストの姿勢でした。ソロ歌唱には物足りなさを感じました。アルトはどうも音程不安定に私には聞こえました。最後の感動的な第66曲「聖書の場面」にしても、合唱にソロが加わってくると、むしろテンションが下がるような気までしてしまった。《マタイ》への献身度合いが合唱団の方が高いと言っていいのだろうか。

でも、《マタイ》は静かに聞き終わりたいですね。「ブラボー」を出すことはないと思うが、演奏会形式ではやむを得ないのか。

開演前に、ちょうど三澤洋史さんのプレ・トークを聞くことができた。バッハをワーグナーと対比してストーリー・テラーだと言っていた。思いつきで喋っている印象だったのだが、もう少し啓蒙的な話――オケがなぜ二部構成になっているか、少年合唱団の役割とか、そんな話を期待したのだが。21世紀のバッハを目指すとのことだが。具体的には何を意味するのか。三澤さんは劇場型の指揮者なのかな、教会型ではなくて、とぼやっと思ったのだが。

<出演>
指揮:三澤洋史(みさわ・ひろふみ)
福音史家:畑儀文、イエス:浦野智行、ソプラノ:国光ともこ
アルト:高橋ちはる、バス:藪内俊弥

管弦楽:東京バロック・スコラーズ・アンサンブル
すみだ少年少女合唱団
合唱:東京バロック・スコラーズ


■《マタイ受難曲》 カップリング講演会 (2012.6.9)

東京・本郷の求道会館での講演会を聴講してきた。2012.6.9(土)
地下鉄丸ノ内線 本郷三丁目を降りて、本郷通り(17号線)を巣鴨方面へ15分ほど歩く。もう梅雨入りなのだろうか雨脚が強くズボンまですっかり濡れそぼってしまった。

求道会館は住宅街のなかにある。ちょっと奇妙な建築。失礼ながらグロテスクな雰囲気。浄土真宗大谷派僧侶・近角常観が親鸞聖人の信仰を伝えるべく建立したもの。大正4年に建立され武田五一の設計による。昭和16年に常観が没したあと長く閉鎖されていた。平成6年に東京都の有形文化財に指定され、修復工事のあと平成14年6月にオープンしたとのこと。

<<東京バロック・スコラーズ カップリング講演会>>
(7月の第8回演奏会「マタイ受難曲」にあわせて企画されたもの)

<講師>
佐藤研:立教大学教授
礒山雅:国立音楽大学招聘教授(ビデオ出演)
三澤洋史:当団音楽監督、新国立劇場合唱団指揮者

大曲「マタイ受難曲」の演奏をひかえ、すばらしい講師に恵まれた、まさに目から鱗が落ちる感を存分に感じた講演会でした。

礒山雅さんはドイツ出張でビデオ出演であったが、独唱と合唱の役割分担などわかりやすい解説であった。――ちなみに、このドイツ出張は、鈴木雅明さんが2012年ライプツィヒ・バッハ・メダルを受賞し、その表彰式への出席とのこと。今までの受賞者を見てもこれは素晴らしいニュースだ!

佐藤研教授の学殖豊かな講演を拝聴した。福音書とは70年代の新生キリスト教が自己のアイデンティティを確立するためにまとめた、イエス・キリストの物語。マルコ福音書は、初めてのイエス物語(奇跡の伝承、イエスの語録など)、70年代にシリアで成立した。マタイ福音書は、80年代に、マルコ福音書を元にして成立している。旧約聖書からはなれイエス・キリストを確立する目的があった。愛の倫理が強調されている。

佐藤教授の見解では、受難物語は、キリストの弟子達の「喪の作業」とも言うべきもの。バッハの「マタイ受難曲」は音楽芸術による「追喪の作業」といえるだろう。キリスト教を越える普遍性を備えている。三澤洋史さんとの対談も新鮮かつ楽しいものでした。


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