■ 『メディア・リテラシー』 メディアはメッセージである (2005.3.8)


1960年代に「メディアはメッセージである」と言ったのは、トロント大学のメディア学者マーシャル・マクルーハンである。当時ニューメディアであったテレビなどの電子メディアを指して、人間がテレビや映画にいかに影響されるかをセンセーショナルなキーワードでアピールした。

私たちは人生の大半をメディアとともに過ごしている。実際に経験したことよりも、メディアが伝えるリアリティの方が、現実味を帯びていると感じることも少なくない。著者は言う。メディアが媒介する情報は、世の中を理解する上での中心的な役割を果たし、私たちの考え方や価値観の形成、ものごとを選択する上でもますます大きな影響力を発揮するようになっていると。

インターネットの登場で、これまで情報の受け手に甘んじていた人たちが発信者となり、情報の流れを変えることが可能になっている。メディア・リテラシーを超えて、これから必要なのは、マルチメディア・リテラシーだという考えもある。さらに、ITが経済や社会を大きく変えているにもかかわらず、教育現場はその変化に対応していないとも。

メディア・リテラシー」とは、本書の定義によれば、メディアが形作る「現実」を批判的(クリティカル)に読み取るとともに、メディアを使って表現していく能力のことである。コンピューターを使いこなす意味での「コンピューターリテラシー」とは違う。メディア・リテラシーは機器の操作能力だけではなくメディアの特性や社会的な意味を理解し、メディアが送り出す情報を「構成されたもの」として建設的に「批判」するとともに、自らの考えなどをメディアを使って表現し、社会と効果的にコミュニケーションをはかる能力であるとも。

原点となる認識は、メディアが送り出す情報は現実そのものではなく、送り手の観点からとらえられたものである、とすること。事実を切り取るためには主観が必要であり、何かを伝えるということは、何かを伝えないということでもある。メディアが伝える情報は、現実を取捨選択し再構成したものであり、制作者の思惑や価値判断が入り込む。同じ出来事を「現実」に起こったこととして伝えても、媒体によって報道の内容や論調がまるで違う。「真実とは何か」という疑問は、メディア・リテラシーの理論の原点でもある。

メディアがもたらす利点と限界を冷静に把握し、世の中にはメディアが伝える以外のことや、異なるものの見方が存在することを理解すること。「メディアは現実を構成したものである」ことを出発点に、メディアを理解していくメディア・リテラシーは、情報社会に生きる私たちにとっての「基本的な読み書き能力」であると著者は言う。

本書は2000年8月の初版。「メディアはメッセージである」を強く実感させる現今のインターネット時代にあっては、さらに深い分析が期待される。

◆ 『メディア・リテラシー』 菅谷明子著、岩波新書、2000/8刊


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