■ 『眼の誕生』 光スイッチ説とは驚天動地の仮説 (2006.5.30)



三葉虫――甲殻類と言ってよいかな?――を中心に、思いっきりさまざまな姿形をした、大小の動物群が海中を泳ぎ回っているといった、カラフルな挿し絵を見たことがある。「カンブリア紀の爆発」との説明が付いていた。5億4300万年前のわずか500万年間に、現生の主要な動物グループがいっせいに硬い殻を進化させ、複雑な外部形態をもつようになった進化の大事変、これがカンブリア紀の爆発だ。動物進化のビッグバンとも。

ダーウィンによれば、動物の多様性は永続的な分岐プロセスによる進化の結果である。物理的環境や生物的環境はたえず変化している。生物種も、最適なデザインを維持するためにたえず変化する必要があるから。ところが、長期にわたる漸進的な進化が続いたあと、突如として起こる大進化によって停滞が破られる。短期間に爆発的な進化が炸裂する。

この「カンブリア紀の爆発」と呼ばれる出来事の起爆剤は何だったのか。著者の主張するのは、まさにユニークな「光スイッチ説」である。生物が太陽光線を視覚信号として本格的に利用し始めたことが爆発に至るという。「眼」の獲得というクライマックスがあるのだ。専門家の見解はいざ知らず、まさに驚天動地の仮説ではないか!

眼の最初の出発点は、光感受性のある皮膚の斑点であったろう。先カンブリア時代の終わりに、三葉虫では光感受性をもつ部位が精度を増してユニットに分かれていった。個々のユニットの神経が増え、それにつながる脳細胞も発達した。同時に、ユニットの覆いがふくらみ、集光力を持つようになる。そうした変化が累積され複眼が形成された。

カンブリア紀初頭、地球上のすべての海で、眼と捕食用付属肢をそなえた三葉虫が姿を現した。能動的な捕食の時代が到来したといえる。高度の機動性がともなえば、眼ほど便利なものはない。離れたところからでも、食物を見つけられる。動物の大きさも、形も、色もわかる。さらに、その行動も見てとれるので、逃げ足はどれくらい速いか、捕まえられそうかどうかの判断もできる。

カンブリア紀の爆発は、すべてが視覚に頼る捕食者から身を護るための進化だった。あらゆる動物が、視覚に適応するための進化を迫られた。もたもたしていれば食われてしまうし、獲物を取り逃がしてしまう。かくしてカンブリア紀初頭に、視覚への適応レースが演じられた。現行の「生命の法則」が成立するまでの大混乱こそが、カンブリア紀の爆発だった。


◆ 『眼の誕生 カンブリア紀大進化の謎を解く』 アンドリュー・パーカー著、渡辺政隆・今西康子訳、草思社、2006/3


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