■ 『「音楽」と「音」の匠が語る 目指せ!耳の達人』 宇野功芳・山之内正 共著 (2013.6.21)




音楽評論家=宇野功芳さんとオーディオ評論家=山之内正さんの2人が、クラシック音楽をより深く楽しむ、というテーマの対談だ。宇野さんは音楽評論家として半世紀を超えて活躍してきた。フルトヴェングラーとかクナッパーツブッシュへの偏愛はご存じの通り。山之内さんは、雑誌『Stereo』などで活躍している。お互いのリスニング・ルームを訪問するのも楽屋話的な面白さ。宇野さんの装置について、山之内さんが「年季の入ったものだが、古びた音ではない」と言うのも、なかなか人柄を感じさせますね。



宇野によれば、演奏の良し悪しは最初の30秒を聞けばわかるという。鑑定人が陶器をぱっと見たときに価値がわかるという感覚だ。録音が良いというのと、音楽の本質が伝わるかどうかは、別の話。音のバランスが良ければ、音楽も演奏も十分伝わる。演奏家の個性もわかるし、もちろん曲の良さもわかる。昔の旧式なラジオで聴いても十分満足できて感動できたのだから。

山之内は、録音や再生に共通する目的は、ただの音ではなくて演奏であり、その向こうにある作品を聴くことだと言う。実際には、録音や再生でゆがめられてしまったり、指揮者や演奏家が前面に出てきて、作品にたどり着けない要素がある。それらを超えて、本来の作品の姿が聞こえてくるのが理想だと。

オーケストラの響きは耳だけで聴いているわけではない。床や椅子からの振動を骨伝導によって身体全体で音を聴いている。耳では聴こえないような低い音(暗騒音)から空間の大きさや遠近感を無意識に感じ取っているのだ。

音から伝わる情報の量と質は再生装置や環境によって大きく変わる。音域ごとに音の大きさが揃わないという問題がある。もうひとつは音色や応答性の問題だ。音色を忠実に再現できない装置でオーケストラを聴くと、フルートやオーボエなど特定の楽器の音色がきつくなったり、逆に沈みがちになってしまう。応答性(音の立ち上がりと減衰)に問題があると、消えるはずの音が余分に残ってしまう。

再生装置を評価するとき、山之内はまずバランスを聴くそうだ。オーケストラでいえば、弦楽器と管・打楽器、弦の中では低弦と高弦のバランスを重視する。ハーモニーが聞こえて来ないと音楽はわからない。ひとつひとつの音がすべてクリアに出てくるというのは、コンサートで体験する現実の響きとは違うと。

さらに、空間表現がどれだけリアルかということ。音像の大きさや距離感などが、コンサートホールで聴いているような感覚になるかどうか。スピーカーが置いてあっても、もっと奥から音が出て、その存在が感じられないこと。音の立ち上がりが大事。周波数的に盛り上がっていても、音の立ち上がりが鈍いと、よく聞こえない。楽器の音色というのは、音の立ち上がりの部分で判別される。

録音技術は飛躍的に進化したが、特に空間再現という点では、実演と録音の間のギャップはまだまだ大きい。実際の演奏会場では聴き手の周囲すべての方向から残響が耳に届き、楽器の響きや空間の大きさを感じさせる。聞き取れるかどうかの限界に近い弱音とかオケのフォルティシモの大音圧、どちらも家庭では再現が難しいものだ。


◆ 『「音楽」と「音」の匠が語る 目指せ!耳の達人』 宇野功芳・山之内正共著、ONTOMOBOOK、音楽之友社、2013/5

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