■ 『老いて賢くなる脳』 アンチエイジングの秘術はあるのか (20097.2)



その気になりそうなタイトルにひかれて、思わず店頭でこの本を手に取ってしまった。原題は「The Wisdom Paradox」なのだが、アンチエイジングとか言う秘術を教えてくれるのだろうか。たしかに、年をとっても、かくしゃくとして知的活動をバリバリ続けている人がいる。ゲーテが『ファウスト』の第1部を出版したのは59歳。そして第2部はなんと83歳だったそうだ。

ヒトは老いれば脳も老化し萎縮してゆく。海馬の萎縮はアルツハイマー病の兆候と言われる。加齢とともに精神活動そのもののスピードが落ちてくる。新しい概念のマスターとか、根をつめる知的作業はなかなかできなくなってくるのが実感だ。

ところが、神経学的な衰えにもかかわらず脳は知的活動を保つ。パターン認識の活躍で問題解決能力を発揮できるという。この「パターン認識」とは、いま直面している問題を、類似したできごとから投影された共通特性(テンプレート)と、照合すること。

認知テンプレートが増えると問題解決がパターン認識で効率的になる。マッチするテンプレートが保存されていれば、その都度ニューロンを総動員しなくても楽々と意志決定ができる。多彩なテンプレートの在庫があれば、年齢をどんなに重ねても、ときには認知症にやられても、精神の働きは若さを保つのだ。

著者はさらに脳の二重性――脳の器官はどれも2個づつある――についてユニークな「新旧分担説」を提唱している。右脳は未知の世界を探索する役割を持つという。大胆で新しいもの好きの脳。対して左脳には経験的な知識が凝縮されて保存されている。年齢とともに右脳は左脳より速く老化していく。しかし左脳は認知活動によって強化されるため、老化の影響を受けにくい。脳は使えば使うほど元気になるという。

精神活動の主導権が右から左に移ること――右脳から左脳への重心移動。これは、数時間単位の短いものから、何年もの年月を費やす長いものまで、およそすべての学習プロセスに共通して見られる現象だという。過去の膨大な経験をもとに新しいことを解釈する左脳は、熟年世代にとって重要な存在となる。認知活動の重心は生涯をかけて右脳から左脳へと移るのだ。

◆『老いて賢くなる脳』 エルコノン・ゴールドバーグ/藤井留美訳、日本放送出版協会、2006/10
   原題:The Wisdom Paradox (2005)

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