■ 『小澤征爾 日本人と西洋音楽』 透明感溢れるブラームス (2011.1.24)



小澤征爾は昨年(2010年)1月に食道がんの手術を受け、12月にはニューヨークのカーネギー・ホールでサイトウ・キネン・オーケストラ指揮して完全復帰した。この時の様子はTV画面で報じられたが、がんを克服し腰痛の再発に耐えての登場でもあり、小澤の緊張と決意が伝わってきた。指揮姿はまさに鬼気迫るといった様子だ。

この時演奏したラームスの交響曲第1番が、早くも「奇蹟のニューヨーク・ライヴ」としてCD発売されるとのこと。予約が殺到しているそうだ。ブラームスは小澤の得意のレパートリだという。しかし本書『小澤征爾』によれば、小澤のブラームスについては賛否両論があるらしい。第3章に「透明なブラームスの是非」が設けられている。

小澤の指揮するブラームスの特徴は、はっきりとコントラストを付けて、主題を明確に浮かびあがらせることだと言う。枝葉をそぎ落とし美しい樹形をパースペクティブで見せようという造形法だ。これについて、小澤の解釈は「流暢に流れすぎて、ゴールを目指すだけの安易なもの」といった批判もある。

ドイツではサイトウ・キネン・オーケストラが演奏したブラームス4番に対して「日本人はいったい、僕たちの音楽で何をするつもりなんだ?」と詰問されたそうだ。小澤は伝統的なブラームス解釈を十分勉強し熟知した上で、音に透明感を与え流麗な音楽を際立たせたブラームスを造形したのだ。サイトウ・キネン・オーケストラが日本人特有の精緻な芸によって小澤の意図を十全に再現したとき、「僕たちの音楽で何をするつもりか」とドイツ人は慌てたのだと。

本書は、小澤征爾という才能豊かな指揮者を通して、日本人が西洋音楽を奏する意味を問い直している。日本人は、自らが日本人であることを自覚することからしか、西洋音楽に近づく術はないのだから。小澤の師である齋藤秀雄は、「われわれにはいい伝統もなければ悪い伝統もない」と言ったそうだ。


◆『小澤征爾 日本人と西洋音楽』 遠藤浩一、PHP新書、2004/10

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