■ 『ランド 世界を支配した研究所』 原発ではフェイルセーフは当然の施策 (2012.4.18)



ランド研究所の歴史は1946年に始まった。おぞましいことに、ランドの源流は東京大空襲にあるのだ。日本へ出撃するB29の効果を高めるにはどうしたらいいのかというテーマに対して、オペレーショナル・リサーチ(OR)の手法を用い、「機上に搭載する装甲機器のほとんどを捨て去れば、B29は基地からより遠くまでより安全に飛べる」ことを発見した。この結果、驚くほど爆撃の効果が上がった。B29に搭載されていたのは、日本の民間人を標的に最大限の被害をもたらすことを目的として用意された焼夷弾だった。

どのように戦争を展開し、どのように勝つかについて、政府なかでもアメリカ空軍に助言する――これがランドの設立目的。政府が最善の政策を実行できるように、最も関連性が高い情報を最適な政策担当者に届けること。物質的な合理性と数値を土台とする研究はその後のアメリカ政治の礎となった。

1950年代にアイゼンハワー政権がソ連との水爆戦争を回避できたのも、ランドのサポートがあったから。またインターネットの土台となる技術も開発した。核攻撃を受けた際にも通信を可能とする環境を作るためにパケットスイッチングの概念を創出した。そして、ランドのスタッフは次々と政権に入り込む。アメリカを核戦争の危機から救い出したが、同時にアメリカを追い込んだ――ベトナム戦争、イラク戦争……。

1970年代から1980年代にかけて、レーガノミクスと呼ばれる一連の経済改革がアメリカやヨーロッパに広がった。減税、規制緩和、小さな政府こそ国民の利益につながる、という考え方。この延長線上で、日本では小泉政権が規制緩和路線を掲げ、郵政民営化を実現した。政府の役割を小さくし代わりに市場にすべてをゆだねる市場原理主義。小さな政府の考え方は、元をたどればランドで生まれた合理的選択理論に行き着くのだ。

ランドから生まれた概念に「フェイルセーフ」というのがある。アメリカの歴史に残ると言われている。フェイルセーフは、ランドで核抑止政策の中心人物だったウォルステッターによって創出された。彼は核の奇襲攻撃に対するアメリカの基地の脆弱性を鋭く指摘した。出撃が30分で準備完了とか、ありえない想定を元にしていることも。そして、広範囲に及ぶ対応策を提言した。基地内の爆撃機の数カ所への分散しての駐機などを。

ウォルステッターは研究をさらにもう一歩推し進めて、フェイルセーフ(多重安全装置)の概念を考え出した。核攻撃はどんなときでも計画的でなければならず、決して偶発的であってはならないのだ。フェイルセーフの考え方は本質的に単純である。「あらゆるものが計画通りに動くとは限らない」という認識が土台となっているのだ。

究極は核の惨事を未然に防ぐこと。地球の未来がかかっている。爆撃実行にはどんな小さな誤りも許されない。もし核爆弾搭載の爆撃機が誤ってモスクワ攻撃に向けて出撃したら、どのように爆撃機を呼び戻せばいいのか。モスクワ攻撃命令を取り消し、爆撃機を呼び戻す方法がなければならない。

ウォルステッターは、攻撃命令が確かに出ていることを確認するため、一連の「チェックポイント」を設け、爆撃機がそれぞれのチェックポイントでチェックを受けなければ、攻撃を続行できないようにすべきだと主張した。攻撃命令を確認できなければ、命令は自動的に取り消されるのである。任務続行の具体的な指示がない限り爆撃機は基地へ帰還する。警報が不正確なものであったとしても、たとえ無線通信が途絶えたとしても、やはり爆撃機は基地へ帰還する。結果的に、無線通信の一部に障害が発生していたのだとしてもだ。
フェイルセーフの考え方は空軍に採用された。これまでいくつかの局面で核の大惨事を回避したと言われる。1980年に、コンピュータの誤動作が原因でソ連がアメリカを攻撃中との誤った情報が流れた。このとき、これが誤りだとすぐに分からなかったら、百機近いB52爆撃機が発進し大陸間弾道ミサイル(ICBM)のチームが反撃体制に入っただろう。

ウォルステッターは言う。知性ある者は最悪の事態を予測する義務があり、最悪の事態に備えれば、最悪の事態は起きないのである。平和を手にするために戦争に備えなければならないと。

この「フェイルセーフ」という言葉を聞くと、どうしても東日本大震災での福島第一原発事故を考えないわけにはいかない。原発の設計/建設にはフェイルセーフの施策が当然取り入れられていたはずだ――最悪の事故が起きることを想定しなければいけない。冷却の要となる、電源が、すべて使えなくなるという、最悪の事態を想定すること。これこそまさにフェイルセーフの基本概念そのものだろう。それが津波によって引き起こされるか、震災によって破壊されるかは別にして。


◆『ランド 世界を支配した研究所』 アレックス・アベラ/牧野洋訳、文春文庫、2011/6

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