■ 『理科系の作文技術』 事実と意見で組み立てる (2008.9.14)



木下是雄の著作『理科系の作文技術』(中公新書)は、初版が昭和56(1981)年に発刊されているから、既に二十数年を過ぎていることになる。題名から想定されるように、いわゆる理科系の研究者/学生向けの、指導書のように考えられるかもしれない。
たしかに本文の構成は論文執筆を前提として書かれているのだが、その中核となるメッセージは、決して研究者だけに役に立つ、といった限定されたものではない。

実用文書とか、技術文書とか、いわゆる仕事の文書を扱う人間――ほとんどの社会人が該当するだろう――にとって大切なことを示唆しているのである。
たとえば、重点先行主義や、一文書一主題。逆茂木型の文章を避けようとか。それぞれ明確なキーワードが掲げられている。

しかし、本書のもっとも重要なキーワードとして、私見ではあるが、「事実と意見」を挙げたい。何にも増して、我々が仕事のなかで書く文書では、事実と意見をはっきりと区別して書く態度こそが最も大切と、著者の主張に共感するからだ。

文書は、事実と意見で組み立てよう

仕事で扱う文書(技術文書)は、事実と意見によって構成される。技術文書として、論文を書くときの大切な心得は、事実と意見をはっきり区別して扱い、それらを順序よく明快・簡潔に記述すること、裏付けのない意見を避けることである。

(1) 事実と意見
事実>とは、テストや調査によって客観的に真偽を確認できるもの。<意見>とは、何事かについてある人が下す判断であり、賛同する人もいれば反対の人もいる。
例えば、次のように区別できる。
事実:ビル・ゲイツはマイクロソフト社の初代CEOである。
意見:ビル・ゲイツはIT業界における最も偉大な経営者である。

また、他の文献の中の記述を、その文献の中の記述としてそのまま伝える場合には、それは<事実の記述>という。たとえば、「ビル・ゲイツは1942年の生まれである」という記述は、インターネットなどで確認できるので事実の記述である。しかし、ビル・ゲイツは実際は1955年生まれであるから、真ではない。偽である。つまり<事実の記述>には真の場合と偽の場合がある。

事実(事実の記述)と考えられるのは、新聞や専門誌に載っている記事、インターネット・サイトの情報、既刊論文からの引用などである。さらに、<状況>も事実に含めることができる。例えば、プロジェクトの状況とか、品質データ、などである。ひとくくりに<データ>と言っても良いだろう。

意見は、事実に対比するものであり、次のように幅の広い概念である。
・推論/予測:ある前提にもとづく推理の結論/予測 (〜にちがいない)
・判断/評価:ものごとのあり方、内容、価値などをまとめた考え (〜であると考える)
・意見:自分なりに考え感じて到達した結論の総称 (〜すべきだ。〜と思う)
また、指示・命令・提案など、読み手に対して具体的な行動を促すものも、意見に属するものと考えられる。

(2) 事実と意見の組み立て方
論文は事実を主体とし、そこに意見が加わるように組み立てる。事実の記述は、一般的でなく、特定的・具体的であることが要求される。抽象的でなく具体的であるほど、読み手に訴える力が強い。また論文に述べる意見はすべて根拠のある意見――関連する事実(データ)にもとづいて導き出されたもの――でなければならない。

◆『理科系の作文技術』 木下是雄、中公新書、1981/9刊
◆姉妹書として、ちくま文庫から『レポートの組み立て方』が刊行されている

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