■ 『思索紀行』 立花隆のぼくはこんな旅をしてきた (2004.10.20)





500ページを越える大冊。それもかなりの部分が二段組みである。いい加減に読みでがある。どこからページをくくっても面白い。活力にあふれた若き立花隆がくっきりと浮かびあがってくる。知的刺激もたっぷりとある。ちょっと風変わりな旅の記録。旅をしながら思索した結果を記述した報告書であるという。幕の内弁当とは著者のことば。たしかに、多彩な材料を質量ともに詰め込んである。



英語に、"You are what you eat."――汝は汝が食するところのものである――という言い回しがあるそうだ。これは、人間のあらゆる側面について言える。人間の知性は、その人の脳が過去に食べた知的食物によって構成されている。人間の感性は、その人のハートが過去に食べた感性の食物によって構成されている。

だから、すべての人の現在は、その人の過去の経験の集大成だ。その人がかつて読んだり、見たり、聞いたりして、考え、感じたすべてのこと、誰かと交わした印象深い会話のすべて、等々のすべてが、その人の本質的な現存在を構成する。人間存在をこのようなものととらえるとき、その人のすべての形成要因として旅の持つ意味の大きさがあるという。

例えば、大学2年生のとき、友人と二人でヨーロッパ各地を転々とした反核無銭旅行。現地の団体と核兵器反対のための集会を開いて、そこで日本から持って行った原爆関係の映画を上映する。そのかわりに、宿や食事、次の上映地への移動などはすべて現地の人たちに面倒をみてもらうというスタイル。

1960年代、日本人が外国を観光目的で訪れるなどということは誰にもできない時代だった。パスポートを取ることすらできなかった。貧乏学生がヨーロッパ旅行を計画するなど、ほとんど実現性のない夢のような話だった。だが、まったくのゼロから計画して、巨額の渡航費用を集め実現しまった。一見破天荒であるが、緻密な計画を事前に練っている。とりあえず第一歩を踏み出してみようという思い切りのよい行動力。後にロッキード事件の不正を暴き出すジャーナリストの萌芽がある。

音楽の体験も、ある種の旅だろう。学生時代に、なけなしの金をはたいて、現代音楽の「シェーンベルク全集」のLPを買った。第1集には5曲入っていたが、どれもこれもはじめて聞くものばかり。その中に「ワルシャワの生き残り」があったそうだ。旧約聖書からの引用「シェマー・イスラエル」――ユダヤ教信仰の核心部分――が歌われる。それは大きな衝撃だった。聞き終わって一瞬呆然としたという。


◆ 『思索紀行 ぼくはこんな旅をしてきた』 立花隆著、書籍情報社、2004/10刊

◆ 《ワルシャワの生き残り》 → こちら


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