■ 『袖のボタン』 野球が日本人を変えたのか (2007.9.30)



朝日新聞に連載されたエッセイを単行本にまとめたもの。毎週火曜日に掲載されるエッセイを楽しみしていたものである。今回まとまった形で読むと、著者・丸谷才一さんの視点のユニークさ鋭さにあらためて感服する。もちろんピリリとした皮肉も忘れられてはいない。

なかでも「日本人と野球」と題した章なんてどうだろう。野球が、日本人の合理的思考を育てるの大きな力があったと言うのだ。予想外の視点ではないか。アメリカ的思考を広い範囲の日本人に、具体的に、そしてじっくりと教えてくれたのはプロ野球であると言うのである。映画でも、テレビでも、ラジオでも、……なくて。

一つひとつ例をあげての説得には思わずうなづいてしまう。例えば、トレード制は、一生一つ所に勤めるのが立派という国民的固定観念を払拭したというわけ。役割分担の重要性も――ピッチャーの先発、中継ぎ、締めの分担とか。首位打者とか、ホームラン王とか、ベスト・ナインとか、さまざまの個人賞を用意する工夫は、評価の多元化が人心を励ますことを教えてくれたと。

とりわけ大事なのは数量化する態度を学んだこと。野球によつて、打率とか、防御率とか、セーブ・ポイントとか、ゲーム差とか、その他あれこれの、数字による明快で能率的な認識の方法を刷り込まれたということ。それに、図形によつて視覚的にそして瞬時に伝へる方法を教ったこと。守備のフォーメイションとか、ストライク・ゾーンの九分図とか、順位表や打撃ベスト・テンの表もそうだ。

残念なことに、フロントのほうはアメリカ野球にちつとも学ぼうとしなかつたと、締めくくる。ナベツネさんへの皮肉と期待だろうか。


◆ 『袖のボタン』 丸谷才一、朝日新聞社、2007/7刊


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