■ 『ウォールストリートジャーナル』 逆ピラミッド型文体の改革 (2005.5.6)

 <かなり昔に出版された本だが、文章のスタイル―文体―などの意義について示唆を与えてくれる>

ウォールストリート・ジャーナル』が創刊されたのは1889年である。株の相場表を載せた4ページの薄っぺらな新聞だったという。1920年代の大恐慌をなんとか乗り切り、歴代の編集局長の努力によって、『ジャーナル』は堅実でまともな新聞に成長する。読者の信頼は獲得したものの、読者数はどんどん減り、赤字はますます拡大する。『ジャーナル』は廃刊の危機に瀕していた。

この危機を救い、超エリート紙に育てあげた最大の功労者が、バーナード・キルゴアである。1940年の秋、キルゴアは編集局長となると、まず『ウォールストリート・ジャーナル』はひたすら平易な記事作りを目指すことにする、と宣言する。読者に合わせて程度を下げるのではなく、「読者にわかるようにやさしく書く」こと。

さらにキルゴアは、『ウォールストリート・ジャーナル』の一面の記事は、『タイムズ』や『ヘラルド・トリビューン』とは異なる独特なものにすべきだ、と言う。すべてのビジネスマンにとっての「二つ目の新聞」になることを目指すのだと。主要なニュースの展開を、すでに読者は承知しているとことを、記者は記事を書くときは、頭に入れておかねばならないと。すなわちキルゴアが強く主張し支持したのは、分析記事である。

ニュース記事の書き方には、すでに一種独特な形式――逆ピラミッド型――があり、すべての新聞が採用していた。もっとも人目を引く最新の事実を最初にもってきて、つぎに背景説明や第三者の発言を重要度の高い順に出すというものだ。標準的なニュースの第一パラグラフには5つのWが含まれる。Who,What,Why,Where,When (だれが、なにを、なぜ、どこで、いつ) である。

たとえば、「セントルイス・カージナルスは昨日、スポーツマンズ・パークにおけるワールド・シリーズ第1戦で、ホームランとピッチャーの好投によってニューヨーク・ヤンキースを6対2で下した」といった具合だ。そこだけを読んでも、試合がどうなったか要点は知ることができる。さらに読んでいくと、だれが投げたか、勝ったチームの監督が試合後に何と言ったか、などより重要度の低い情報を得ることになる。

逆ピラミッド型の引きしまった文体は、正確な事実を書くには適している。しかし、記者が個人的意見をさしはさむ余地がなく、その問題について突っこんだ議論をする機会が与えられないという弱点がある。逆ピラミッド型のニュース記事は、事実を分析することも評価することもせず、ただ事件を拡大することで読者に白か黒かの判断をさせるようになる。この事件はいいことか悪いことか、容疑者は有罪か無罪か、といった具合だ。

ニュースのより大きな問題点――このような恐るべき事件はなぜ起きたのか・このような事態にどう対処すべきか――といったものはそこでは取りあげられない。キルゴアは、記事の形と内容を方向づける新しい形式を創りだす。この形式は、命題と反対命題からなるものにだんだんと洗練されることになる。

『ジャーナル』の典型的な記事は、まず、自動車産業を悩ます難題とか、ヨーロッパを騒がしている事件などに関する命題提起からはじまる。つぎにその証拠――実例とか統計あるいは識者の発言の引用など――が示される。つぎに来るのが反対命題で、1パラグラフからなる。「無論、必ずしもみんながこの点を深刻に受けとめているわけではない」といった調子だ。最後に、はじめの命題を詳細に論じ、その及ぼす影響を広い範囲にわたって検討するというものだ。この新形式は、以後長くジャーナリズムに影響を与えるものとなった。


◆ 『ウォールストリートジャーナル 世界をめざした非凡と異端の男たち』 エドワード・シャーフ著、笹野洋子訳、講談社、1987/7刊


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