■ 『ゼッフィレッリ自伝』 カラスからジュリエットまで(2003.8.31)



映画「永遠のマリア・カラス」がいま封切られている。カラスの生誕80周年を記念して製作された作品。監督はフランコ・ゼフィレッリ。カラスが亡くなる前の数カ月にスポットを当てて描いた物語、劇中の《カルメン》には、彼女の全盛期の録音が使われているとのこと。

ゼッフィレッリとは何者?映画監督だけではない。本来はオペラ・プロデューサー、舞台監督とも。この本に登場する有名人も多方面に及ぶ。すでに鬼籍に入った人にしても、カラスはもちろん、伝説上の指揮者トスカニーニ、スカラ座時代のバーンスタイン、映画監督ヴィスコンティ、エリザベス・テーラーとかシャネルとか。それも一人一人が濃密なエピソードに彩られているのである。

スカラ座の《愛の妙薬》のリハーサルでは、イタリア・オペラで神聖な存在、アルトゥーロ・トスカニーニでさえ遠ざけてしまったのである。時間が切迫する中で、照明のリハーサルを中断されたゼッフェレッリは、トスカニーニの言葉を無視して、我慢できずに叫んでしまう。「彼は40年遅れてます。あの人は偉大な指揮者でしょうが、演出のことで指図されたくありませんね」

ゼッフィレッリの功績のひとつとして、それまで伝統の澱の中に沈んでいたシェイクスピアを、みずみずしい感覚で蘇演したことが忘れられないだろ。1960年――ローマ・オリンピックがあった――ゼッフェレッリはロンドンのオールド・ヴィック座の総支配人マイケル・ベントールから、「ロミオとジュリエット」の演出を依頼される。それまで、シェイクスピアはイタリア語でさえやったことがなかったのに。

ベントールが望んだのは、舞台にイタリアの感覚を与え、真に地中海的なものを粋に伝えることだった。噴水に光る太陽のきらめき、ワインにオリーブにガーリック。

シェイクスピア劇では、ヴィクトリア朝時代の考え方――台詞を正しく読みあげることが何にも増して重要だとする――が支配的だった。そのため主役を演ずるのは常に経験豊かな、つまり年かさの女優や男優で、「ロミオとジュリエット」ではほとんど滑稽であった。さらに重要なことは、シェイクスピアがジュリエット役に14歳の少女を使っていること。シェイクスピアにとって若さのほうが大切だったのだ。

ルネッサンス初期の、中世の色合いの濃い都市で起こった現実の物語に仕立てたのだ。バルコニーの場面にしても、靄のかかった夜明けの町の広場という場面に。抑えられない性急な若い恋が初めて真実味を持った。

初日の夜、観客は熱狂した。しかし、ロンドンの演劇批評家は、公演をこっぴどく酷評した。だが「オブザーバー」紙の記事は、他の批評家たちとは正反対だった。これこそイギリス演劇界が待ち望んでいたシェイクスピアの新しい解釈であり、啓示であり、革命と言っても良いと述べ、「卓越した舞台、輝かしい一夜」と激賞した。その批評が出たあと、オールド・ヴィック座にはヨーロッパのみならずアメリカからも客が押し掛けたのだ。

◆『ゼッフィレッリ自伝』 フランコ・ゼッフィレッリ著、木村博江訳、東京創元社、1998/1

◆ 『快読シェイクスピア』 ジュリエットは14歳 は → こちら


読書ノートIndex1 / カテゴリIndex / Home