■ 『時間の分子生物学』 ヒトはハエと同じ時間遺伝子をもつのだ  (2010.8.25)




現代の科学では、人間の脳機能も、基本的な物理や化学の法則に従うと考えられている。体の中のできごとは、タンパク質の酵素が触媒として働く化学反応で記載できる。
本書のテーマは、「生物時計」であるが、この時計メカニズムも解明されている。ほぼすべての生物時計がタンパク質を振り子としているのだ。ピリオド・タンパク質が24時間周期で増えたり減ったりしている。タンパク質の量が多いか少ないかで、生物は時間をしることになるのだという。

生命誕生の38億年前から、昼と夜の環境の違いは生物に大きな影響を与えてきた。1日の変化をうまく利用できる生物が進化と淘汰に勝ち残ってきた。地球上のほぼすべての生物の遺伝子には、24時間の時を刻む能力が書き込まれているという。これが生物時計だ。

人間とショウジョウバエは、ほとんど同じ遺伝子を使う、生物時計を持っているそうだ。驚くべきことではないか。哺乳類と昆虫が進化的に分岐したのは、7億年以上前というから、その頃の共通の祖先にはすでに同じ遺伝子を使った生物時計がそなわっていたわけだ。
生物時計を使って、生物は環境の変化を予測しリズムにしたがって行動している。1日単位のリズムを概日(がいじつ)周期と呼ぶ。

生物が概日周期をもつことには、どんな役割があるのだろう。
@今の時刻を知り必要な準備ができる
たとえば、蝶やセミは、明け方の早い時間にさなぎから羽化して成虫になる。羽化したばかりの成虫は羽が十分に伸びていず、外敵に対して非常に弱い。外敵の目につかない夜明け前の薄暗い時間に羽化し、時間をかけて羽を伸ばす必要があるのだ。ちょうど良い時刻に羽化するためには、前日に準備を始めないといけない。

A季節を測る
桜が咲く時期は、温度も大切だが、ある時期になったら夏の準備を始めないと手遅れになる。多くの野生の動物は、1年のうちの一定期間にしか交尾しない。食べ物が少ない冬に子どもが生まれてきても困ってしまう。

B方角を決める
たとえば、渡り鳥は海上を何日間も飛び続ける。暦の日付・時刻と太陽の方向から計算して、飛ぶ方向を決めているのだろう。生物時計を使って方角を決めることができる動物がいるなんて。すごいことだ。

生物時計の発振機構(振り子)は、脳の中枢部だけでなく全身の細胞がもっているという。ほとんどの細胞が時を刻む。だから私たちの体は、時計だらけなのである。全身の細胞が、ピリオド・タンパク質の24時間周期増減リズムを持っている。肝臓とか心臓などの臓器だけを取り出してもしばらく培養しても、何日間が持続するという。体中に存在する時計は、何らかの方法で、脳のなかの時計に合わせているようだ。

睡眠も、生物時計と同じように、ひとつの遺伝子で制御されていという。睡眠には、よく知られているように2パターン――レム睡眠とノンレム睡眠がある。レム睡眠は脳の中で何らかの別の機能を行う睡眠。一方ノンレム睡眠は、積極的に脳を休める睡眠といえる。睡眠の意味は「脳の休息」が大きいだろうと考えられている。

睡眠を阻害すると、動物は極度の疲労状態になり衰弱して死亡する。脳内の生物時計が、昼行性の人間の場合、昼間は覚醒中枢に覚醒信号を送ることによって目を覚まさせる。概日周期の生物時計は主に覚醒の信号を送っていると考えられる。


◆『時間の分子生物学 時計と睡眠の遺伝子』 粂和彦、講談社現代新書、2003/10月

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