■ 『事故と心理』 知識が事故防止力になる (2007.12.2)



JR西日本・福知山線で起きた脱線事故(2005.4.25)。死者100名を超える悲惨な事故であった。事故の要因に、過密ダイヤのなかで遅れを発生させずに運行するために、乗務員に過度な負担があったのではないかとの論議があった。遺族側からは、安全を軽視したJR西日本のトップの経営姿勢にまで踏み込むべきとの批判があった。著者は事故の分析と対策の立案には、多様な視点が必要であるという。

事故の撲滅にはトップのやる気が一番の鍵であるとの主張が根強い。たとえば小集団活動で中間管理職のリーダーシップが安全に貢献したの実証研究だ。小集団法の導入の結果、バス会社の交通事故が激減したという。

動機づけと実行力とを区別する必要がある」とは著者が繰り返し主張している。本書の基調テーマではないか。この研究例にしても、集団活動では作業の手順を含めた具体的な安全の実践手順まで討議したはずである。小集団活動による事故減少は、動機だけでなく具体的な手順を話し合うことで実行力も高めた結果でもあるのだ。

交通心理学では、事故に関するさまざまな要因が最終的に運転者の行動にどのように出現し、いかにして事故に結びつくかを解明しようとする。事故に関する要因として、たとえば上司のリーダーシップや社長の方針などの社会的環境、あるいは「安全文化」があげられても、それがどう運転席の行動と結びつくかを説明しなければならない。

事故にいたる行動を動機と実行力の2つの側面から考察すること。実行力とは動機を実現するスキルのこと。事故を起こすまいとする動機がしっかりしていても、知識が適切であっても、そのように行動が実行されるとはかぎらない。安全意識のように動機だけを言い立てるわけにはいかない。

知識が防止力となることは、歩行者事故で示唆される。免許保有率と歩行中の死者率・負傷者率との関連を調べると、免許保有率が低いほど死者率や負傷率が高いという負の相関関係にある。免許をもつ人は歩行者としても防衛の術を心得ているから事故が少ないと言える。子供や高齢者は交通弱者と呼ばれ、事故の被害に遭いやすい。彼らは免許を持っていないし、車のメカニズムや習性を学ぶ機会が十分になかったため、とも考えられる。

しかし、知識普及だけでは事故を未然に防ぐには不十分である。事故を減らすには動機だけでなく、具体的な事故回避の手段を実行しなければならない。

◆『事故と心理 なぜ事故に好かれてしまうのか』 吉田信彌、中公新書、2006/8

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