■ 『暗号化』 公開鍵方式は数百年に一度の大発明 (2002.3.7)



現在の暗号方式の基盤が、本書のテーマとなっている「公開鍵」である。500ページにもなる大冊で、前半は公開鍵の発明に至るプロセス、後半はアメリカ政府と暗号発明者達とのプライバシー保護を巡る闘争の歴史である。そして、実は公開鍵はすでに英国人が先に発明していたのだという、さりげないエピソードで終わっている。

公開鍵方式は、数百年に一度の大発明と言われる。1976年に2人のアメリカ人が発明し、MITの3人の数学者が実現方式が完成した。3人の頭文字を取ってRSAとも呼ばれる。この方式が発明されて既に20数年が経過しているのだが、身近な技術と認識するようになったのは、ここ数年のことのように思う。そこにはアメリカ政府の情報規制の影があった。

NSA (国家安全保障局)はアメリカの暗号技術情報の保管庫と言われる。NSA――アメリカ政府は、強力な暗号が一般に広まると敵対国やテロリストに利用され、情報収集が阻害され、国家の安全がおびやかされると考えていたのだ(2001.9.11の同時多発テロが思い出される)。民生用暗号の強度に制限を設け、さらに輸出も規制した。鍵預託方式までも提案した。暗号鍵をアメリカ政府が握っているようなセキュリティ・システムを、どこの外国企業が欲しがるだろうか。この規制が、オンライン決済などの普及を阻害していたのだ。

1999年カリフォルニア地方裁から規制緩和のGOサインが出る。暗号技術そのものを民主主義の必須要素とし、暗号は国家機密で終わってはならない、プライバシーを守るものでもなければならないと。政府は、どんなに鍵が長くても輸出を認めるものとなった。56ビットのDESであれ、128ビット、いやそれ以上の鍵を使う暗号であれ、強力な兵器とは見なされなくなったのだ。この後、インターネットの爆発的な進展と合わせて、公開鍵による暗号方式が急速に普及したのである。

公開鍵方式とは、鍵の「ペア」を使う方式である。ペアの片方 (公開鍵) は、平文のメッセージを暗号化する。このときメッセージに秘密の落とし戸が仕掛けられる。もう片方の鍵 (秘密鍵) は、その落とし戸を開く掛け金の役割を果たし、これをもっていれば元のメッセージが読める。ふたつ目の鍵――落とし戸をパチンと開ける鍵――は、もちろん盗聴者に奪われないように秘密にしておかなければならない。だが相方にあたる暗号化の鍵は一切秘密にする必要がない。

公開鍵の要素は本質的にふたつの素数の積にすぎない。たとえ公開鍵で暗号化したメッセージを傍受しても、それだけでは解読できない。復号鍵をこしらえるには、元の素数が必要になる。巨大な素数を使えば、その積の素因数分解は、スーパーコンピュータを動かしても何十億年もかかる大仕事となる。RSAのアルゴリズムの強度は、ふたつの巨大な素数の積から元の素数を割り出すのが難しいという点に依存しているのだ。

この方式の用途は暗号化だけではない。秘密鍵でメッセージを暗号化すれば、公開鍵を使って元に戻せる。ある人の公開鍵で戻せるような暗号化はその人の秘密鍵でしかできないので、これはメッセージの差出人をきちんと認証する手段となる。デジタル署名の具体的なプロセスとなり、ネットワーク上での信用を確立する。


◆ 『暗号化 プライバシーを救った反乱者たち』 スティーブン・レビー著、斉藤隆央訳、紀伊国屋書店、2002/2


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