■ 『虹の解体』 ドーキンス啓蒙の書 (2001.9.2)


著者は『利己的な遺伝子』でショッキングな話題を提供したリチャード・ドーキンス。語り口はいつもながら衒学的である。思わず引きこまれてしまう。どのページを開いても、複数の分野からの引用があって、興味あるエピソードが満載されている。例えば本書は12章から構成されているが、章の冒頭はほとんど文学書かの引用である。第12章「脳のなかの風船」では、生物学者から始まって、心理学者、そしてマイクロソフトの技術担当取締役の著作へと、これでもかという感じで引用が続く。もちろん、最後はニュートンに言及しない訳にはいかないが。


啓蒙の書としての趣旨は素直に伝わってくる。序文でドーキンスは、「科学における好奇心(センス・オブ・ワンダー)を喚起すること」と言っている。ニュートンによる"虹の解体"は、天体望遠鏡につながり、ひいては現在、われわれが宇宙について知り得ていることを解く鍵をもたらした。科学は、けっして無味乾燥ではないし、冷たいものではない。科学の獲得した新しい知識を紹介しよう、という意気込みである。

縦横無尽に幅広く話題が展開される。人間、宇宙、コンピュータ。そしてダーウィニズム、遺伝子、DNAへと。DNAとは、自分たちの祖先たちが生きぬいてきた世界についての暗号化された記述である。われわれはアフリカ鮮新世をデジタル記録した図書館であり、古き時代からの知恵を詰め込んだ、歩く宝物庫だと言う。コンピュータ・ソフトウェアは新しいルネサンスを推進していると。


ドーキンスの卓抜な表現力を紹介せずにはいられない。生命の歴史は次のようである。

両腕をいっぱいに広げる。左手の指先が生命の誕生、右手の指先が現在とする。その間が進化の歴史である。

左手から中点を越えて右肩のあたりまで、バクテリア以上の生命形態は存在していなかった。多細胞の無脊椎生物が出現したのは右ひじのあたり、恐竜が現れたのは右手の手のひらのあたり、絶滅したのが指のつけねのあたりだ。

人類の祖先、ホモ・エレクトスが出現し、引き続いて現在に至るホモ・サピエンスの時代はほんの爪の先。爪切りでパチンと切りとれる範囲でしかない。


ヴァーチャル・リアリティのアイデアに臨場感がある。

医者に錯覚を与えて、患者の体内に入っているように感じさせるのだ。医者はだだっ広い部屋に入り、ヴァーチャル・リアリティ用の装置を着ける。この装置と、患者の腸内に入れられた内視鏡が無線でつながれる。2つのディスプレイが両眼に少しずれた映像を見せる。それで医者は、内視鏡で見た患者の体内を、拡大された三次元映像として見ることができる。

医者が歩くと、内視鏡は腸内を進む。まるで患者の腸の中を歩いているかのように感じる。悪性腫瘍などの標的を発見すると、医者はヴァーチャルなチェーンソーを握り、あたかも庭の切り株のように腫瘍を切除する。そのチェーンソーは、実際の患者の体内では、超微細のレーザービームなのである。


◆『虹の解体 いかにして科学は驚異への扉を開いたか』 リチャード・ドーキンス著、福岡伸一訳、早川書房、2001/3
   リチャード・ドーキンス(Richard Dawkins) 1941年、ナイロビ(ケニア)生まれ。オックスフォード大学にてノーベル賞学者ニコ・ティンバーゲンのもとで学ぶ。その後、カリフォルニア大学バークレー校を経てオックスフォード大学レクチャラー。動物行動研究グループのリーダーの一人として活躍。1995年にはオックスフォード大学に設置された“科学的精神普及のための寄付講座”の初代教授に就任した。現在、スティーヴン・ジェイ・グールドと並び、欧米では最も人気の高い生物学者である。著賞に『利己的な遺伝子』『延長された表現型』『ブラインド・ウォッチ・メイカー』など。
  unofficialと断ってあるが、The World of Richard Dawkins というサイトがある。


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