■『文章読本さん江』 斬捨御免あそばせ!(2002.3.30)



そもそも斎藤美奈子とは何者?文芸評論家とあるが、いわゆるプロ・ライターの生活が長かったらしいのだが。それにしてもこの切れ味はすごい。著名な「文章読本」をすべてまな板の上にのっけて、腑分けして見せてくれる。小さな骨々の一本まで。そして、いまのインターネット時代までも見通したパースペクティブな視点にも教えられた。会話文をさりげなく混ぜ込んだ文体、一筋縄ではいかないレトリックを駆使した文章、辛口のユーモアも楽しめました。

文章読本には、数多く読めば読むほど自前の文章読本を製造してみたくなる、という困った性質があるという。「ワタシにもいわせて」とばかりに。本書も裏返しの文章読本かな。

「文章読本」という四字熟語を発明し、書名に冠したのは谷崎潤一郎『文章読本』が最初とのこと。丸谷才一『文章読本』には<ちょっと気取って書け>という絶妙のコピーがある。清水幾太郎『論文の書き方』で忘れられないのは、<「が」を警戒しよう>という警句。<「あるがままに」書くことはやめよう>も。

とりわけ本多勝一の『日本語の作文技術』に対しては、朝日新聞を目の敵にしているかのごとく、矛先が鋭い。親切過剰というか神経症的というか、くどい。娘を持った神経質な父親に似ているそうだ。本多読本の引用文には、明確なランクづけがあるという。<紋切型の表現で充満している>という理由で、本多は罵倒の限りを尽くし新聞の投稿を激しく攻撃するのだが、それを権威主義的であると著者はバッサリ斬り捨てる。

「伝達の文章」の役割を強調する。文章には「情報伝達」と「自己表現」の二つの目的がある。「伝達の文章」とはたとえば会社に提出するレポート。報告書、企画書、あるいは依頼状、督促状、断り状、礼状……。社会生活の中で求められるのは、圧倒的に「伝達の文章」である。ところが「伝達の文章」を書く練習を体系的にした記憶がない、学校でも教えられなかった。文学的な要素を徹底的に排した清水読本は、学校作文が無視してきた「伝達の文章」(論文)の書き方を示した本である。

「文は人なり」でなく「文は服なり」、新聞記者の文章作法は「正しいドブネズミ・ルックのすすめ」である。そして著者の主張は、インターネット上の文章に注目すべき。「話すように書け」の時代が、またやってきているという。メールの普及で、「対面型の文章」が普及してきた。サイトの「掲示板」の文章は、書き言葉ではあっても、限りなく話し言葉に近い。しゃべりことばに近い文章は、いよいよあふれてくるだろう。双方向型のメディア社会で求められるのは、コミュニケーション型の文章であるはずだと。


◆『文章読本さん江』 斎藤美奈子著、筑摩書房、2002/2

◆斎藤美奈子 (さいとう・みなこ) 1956年生まれ。成城大学経済学部卒業。文芸評論家。著書に、『妊娠小説』(筑摩書房、ちくま文庫)、『紅一点論』(ビレッジセンター出版局、ちくま文庫)、『読者は踊る』(マガジンハウス、文春文庫)、『あほらし屋の鐘が鳴る』(朝日新聞社)、『モダンガール論』(マガジンハウス)

◆従来の新潮学芸賞に替えて新設された小林秀雄賞に斎藤美奈子氏「文章読本さん江」(筑摩書房)と、橋本治氏「『三島由紀夫』とはなにものだったのか」(新潮社)が決まった、とのこと。(朝日新聞2002.9.2)


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