■ 『背信の科学者たち』 野口英世が気になる (2006.12.16)





先年60歳で亡くなった、古生物学者のスティーブン・グールドに『人間の測りまちがい』という著書がある。科学的な独断に基づいて導出された理論を、その偏見の衣をはぎ取って、あからさまに提示している。そのひとつが、頭蓋骨の容積が知能の程度に比例する、というものだ。

サミュエル・モートンはアメリカの科学者。1830年当時、さまざまな人種の頭蓋骨を1000個以上も収集し、ひとつ一つの容積を計算し、知能の尺度として並べ直した。この方法では、人種の序列は白人を上位にして黒人が下位になる。白人の中では、西ヨーロッパ人がユダヤ人の上位にある。まさに当時の人種的偏見と正確に一致する。

グールドは、このモートンのデータを再計算し、すべての人種がほぼ同じ頭蓋骨容積をもつことを証明した。モートンが客観的に検証していれば、頭蓋骨の大きさは身体の大きさに比例していることがわかったはずだと言う。モートンは、無意識にも人種的偏見に惑わされ、欲しいと思う結果を得るためにデータをごまかしていたのだ。

本書『背信の科学者たち』では、このような科学研究における不正行為――捏造、改ざん、盗用について数々の事例を挙げ、その背景に言及している。近年このような不正行為は、旧石器発掘の捏造事件とか、韓国ソウル大学を舞台にしたヒトクローン胚によるES細胞捏造事件など枚挙にいとまがない。出版社の惹句ではないが、本書が緊急出版される所以だ。

不正行為(ミスコンダクトとも言う)はなぜ起きるのか。原因には、科学の世界で大きな力を発揮していた自己修正機能が失われつつあることかもしれない。かつては「科学における欺瞞は非常にまれであり、たとえそのようなことがあっても、”自己修正的に機能するシステムの下で”必ず看破される」と言われたものだ。

自己修正機能とは、@ピア・レビュー、A審査制度、B追試の3つだ。ピア・レビューとは、専門家仲間による審査であり、客観性が十分に保たれていれば有効な制度である。しかし、パソコンの活用や、テーマの細分化などもあって、いまや膨大な数の論文が発行されている。審査員が十分に目を光らせることができなくなった。それに科学者個人の倫理の側面も重い。

【蛇足】野口英世のケースが気になる。死後約50年に彼の業績の総括的評価が行われたが、ほとんどの研究が価値を失っていたという。権威ある研究所のエリートであったために、厳密な審査から免れていたというのだ。真実はどうなのか?あの小泉元首相のはしゃぎぶりは何だったのか。


◆『背信の科学者たち』 ウイリアム・ブロード/ニコラス・ウェイド著、牧野賢治訳、講談社ブルーバックス、2006/11刊


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