■ 『考えることの科学 推論の認知心理学への招待』 (2001.7.21)

考えることは推論の連続であるという。人間の推論は、文脈情報や領域に応じた知識を使うことが多い。あるいは心の中で課題状況のモデルをつくって、その操作によって答えを出そうとする。本書のテーマは、推論のメカニズムを心理学の立場――認知心理学や社会心理学から眺めてみること。

日常的な推論は、それぞれの領域ごとの知識を使って、前提を解釈したり、推論を補ったりすることで行われる。これを実用的推論スキーマという。スキーマというのは、ある対象についてもっている概念的な知識をモデル化したもの。さまざまなスキーマを呼び出しながら、外界を知覚したり、対話や文章を通じて新しい情報をとり入れる。スキーマとは抽象化された知識構造ともいえる。

会話や文章の理解で、適切なスキーマがないとき、あるいは、あってもうまく呼び出せないときには、人の話がどうもよくわからないということが起きる。問題解決における推論スキーマとは、問題のタイプとかパターンについての知識である。
状況のてがかりからスキーマを呼び出すことと、呼び出したスキーマを使って状況を解釈する。算数の問題文を読んで、ツルとカメが出てきたので、「ツルカメ算スキーマ」を呼び出せば、それに基づいて問題をさらに読み進む、ということである。

論理的な判断をしようとしたときに、いつも推論スキーマにあてはめて考えるとは限らない。適当なスキーマが呼び出せず、かといって形式論理のルールを駆使して推論することにも慣れていない。そのような思考過程の理論として、メンタルモデル説がある。視覚的なイメージをモデルとして操作する。イメージ的に考えることのできる図式表現を使うこと。

直感的な確率判断もある。ヒューリスティックスは、常に正解に至るわけではないが、多くの場合、楽に速く正解を見つけられる「うまいやり方」をさし、「発見法」などと訳される。ただ、ヒューリスティックスはとんでもない答えを導いてしまうこともある。人間が確率判断を求められたときに、それを代表性に置き換えて判断してしまうのはヒューリスティックである。要するに、たまたま利用しやすいデータによって判断してしまいがち、とも。

問題解決をどのくらい知識に頼るかというのは、かなり個人差や「好み」がある。初期の人工知能研究者たちは、一般的なヒューリスティックスを重視した。より少ない法則や手順で多くの問題を解くことができる。1970年代には、領域固有の知識が必要なことが強調されるようになる。チェスや将棋などのプレイヤーも同様である。長い間の問題解決経験を知識として蓄積し利用している。認知心理学では、ヒューリスティックスや解法の手続きなども含めて「知識」と呼ぶことが多い。その上で「問題解決は知識である」と言う。


◆『考えることの科学 推論の認知心理学への招待』 市川伸一著、中公新書、1997/2
◆市川伸一: 1953年生まれ。東京大学文学部卒。東京大学教育学研究科助教授


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