■ 『オペラの運命』を読んで ( 2001.5.5)


題名がすべてを表している。「既にオペラの寿命は尽きた」というのが著者のメッセージであろうか。目指したのは「オペラ劇場の雰囲気の歴史」。オペラ劇場の「どよめき」や「ざわめき」の歴史とのこと。「オペラの歴史をこう見ることも出来るかもしれない」という可能性の示唆でもあると言う。著者の視点はユニークである。情報量も多いのでオペラ・フリークにおすすめ。

オペラはバロック時代にはまだ王宮文化でしかなかった。貴賓席が2階中央にあり劇場中の観客を睥睨できるように、オペラ劇場は国王を頂点とする封建秩序を視角化する場所であった。モーツァルトの時代、市民階級の人々はオペラに素朴なもの、合理的なもの、自然なものを求めた。モーツァルトは「等身大の人間」を描き、最終的には喜劇創作に向かう。経済的だけでなく美学的にも喜劇オペラは時代の要請であった。

18世紀末のフランス革命はオペラ史の大転換点であった。オペラを取り巻く社会条件が180度変わってしまった。貴族がオペラの担い手であった時代は去り、ナポレオン時代の人々は絢爛豪華たるスペクタクルを求める。グランド・オペラは19世紀最大の人気オペラだった。聴衆をいかにして劇場に引きつけるか、グランド・オペラがその手段としたのは、徹底した「ビジュアル性」。最大限のビジュアル効果を得るために、「ハイテク装置」を駆使するという点でも、20世紀の映画・テレビの先駆けであった。

ワーグナーでオペラはコペルニクス的転回をはたす。オペラはかつての社交娯楽機能を急激に喪失し、「偉大なる芸術作品」になり始めた。ワーグナー以後のオペラ劇場は「偉大なる記念碑を崇拝する神殿」ないし「聖遺物を保存する博物館」あるいは「過去の伝統を解体する実験場」になり始めたのである。

第1次世界大戦はあらゆる「ロマンチックな感情」を吹き飛ばしてしまった。19世紀の上流ブルジョアがほぼ完全に消滅し、代わって大衆の時代が始まった。とりわけオペラに決定的な打撃を与えたのは映画である。映画という勝ち目のないライバルが現われた以上、オペラは映画と競合せずともすむ領域に自らの存在理由を見出さざるをえなくなってきた。映画の写実性に対する非写実性、そして映画の娯楽性に対する非娯楽性、そして「前衛性」である。

本書の副題には「19世紀を魅了した一夜の夢」とある。オペラは今や世界中からスノブの観光客を寄せ集めるための、鼻もちならない高級文化産業になってしまったのか?この答えが出るのはもう少し先のことであろう、と著者は結んでいる。


◆『オペラの運命 19世紀を魅了した「一夜の夢」』 岡田暁生著、中公新書、2001/4

◆岡田暁生 (おかだ・あけお) 1960年(昭和35年)、京都市に生まれる。大阪大学大学院博士課程単位取得退学。大阪大学文学部助手を経て、現在、神戸大学発達科学部助教授。文学博士。著書『<バラの騎士>の夢』(春秋社)


《追記》
第23回サントリー学芸賞(サントリー文化財団主催)に決まったとのニュースがある (朝日新聞2001.11.7)

◆【政治・経済部門】大野健一・政策研究大学院大学教授「途上国のグローバリゼーション―自立的発展は可能か」(東洋経済新報社)を中心として▽田所昌幸・防衛大学教授「『アメリカ』を超えたドル―金融グローバリゼーションと通貨外交」(中央公論新社)◆【芸術・文学部門】岡田暁生・神戸大学助教授「オペラの運命―19世紀を魅了した『一夜の夢』」(中央公論新社)▽河合祥一郎・東京大学助教授「ハムレットは太っていた!」(白水社)▽田中優子・法政大学教授「江戸百夢―近世図像学の楽しみ」(朝日新聞社)◆【社会・風俗部門】春日直樹・大阪大学教授「太平洋のラスプーチン−ヴィチ・カンバニ運動の歴史人類学」(世界思想社)▽野崎歓・東京大学助教授「ジャン・ルノワール 越境する映画」(青土社)を中心として。・【思想・歴史部門】菅野覚明・東京大学助教授「神道の逆襲」(講談社)▽長尾伸一・名古屋大学助教授「ニュートン主義とスコットランド啓蒙―不完全な機械の喩」(名古屋大学出版会)



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