■ 『心理療法個人授業 先生=河合隼雄 生徒=南伸坊』 わかったと思ってはいけない (2002.6.30)

南伸坊の紹介には、イラストライター(イラストレーション+ライター)とある。すでに生物学、免疫学、それに解剖学の個人授業を受け3冊のレポートを出版している。先生はそれぞれ、岡田節人、多田富雄、養老孟司。いずれも斯界の権威である。今回は、心理療法家の河合隼雄先生。この生徒にして、この授業あり、との感あり。どこまでが生徒の質問か、先生の発言との境目がわからなくなるほど、お互いが刺激し合う授業内容。ユーモアもいっぱい。

河合隼雄先生は箱庭療法で有名である。用意されているたくさんのミニチュア、鳥居や五重の塔などいかにも盆景につかわれるようなもの、相撲取りや兵隊とか、ワニやライオン、ビルもお墓も、ありとあらゆるものを使って箱庭を作るわけである。できあがった箱庭の様子は、「健常な人と問題をかかえた人では、まったく違う」という。

本人もわけのわからないXが、箱庭のなかに姿を表してくる、という方が適切な感じとのこと。箱庭療法はその作品を見ていろいろと判断するよりも、それを作った人が、そのような創造的活動によって自ら癒される、という点が大切である。どんな人でも自分の心の奥底に「自己治癒」の可能性をもっているというのだ。

人の心はわからない わからないから面白い。みんなが持ってるものだから、心のこと、少し勉強してみよう、というのが今回の個人授業のスタートである。でも、「わかった」と思ってはいけないのだ。

南生徒のことば。どうも、人に話を聞いてもらう、というのはキくらしい。悩み事の相談をする人の目的は、結論を与えられることではなく「確認」することだというのもよく言われる。そして、先生の一言。「話し合い」は大切だ。「頭の中味を外に出す」ことは、実に大切だ。「頭の中味を外に出す」こと。頭の中だけでやっていると、堂々めぐりをすることが、外に出してみると、思いがけない方向に動き出すのである。「外に出す」という意味では、文章にしてみるのもよい。

なんで療法家とクライアントに人間関係が出来て、話し合ううちに治るのか。南生徒の疑問は、あっさりと河合先生に解決されるようである。「そもそも心理療法というのは、来談された人が自分にふさわしい物語をつくりあげていくのを援助する仕事だ、という言い方も可能なように思えてくる」と。

さらに「人間は自分の経験したことを、自分のものにする、あるいは自分の心に収めるには、その経験を自分の世界観や人生観のなかにうまく組み込む必要がある。その作業はすなわち、その経験を自分に納得のゆく物語にすること、そこに筋道を見出すことになる」。


◆『心理療法個人教授 先生=河合隼雄 生徒=南伸坊』 新潮社、2002/6

河合隼雄 (かわい・はやお) 1928年、兵庫県生まれ。京都大学理学部数学科卒業。日本人としてはじめてユング派精神分析家の資格を取得する。京都大学教授、国際日本文化研究センター所長を経て、2002年1月より文化庁長官。著書に『昔話と日本人の心』『とりかえばや、男と女』など。

南伸坊 (みなみ・しんぼう) 1947年、東京生まれ。漫画雑誌「ガロ」の編集長を7年務めた後フリー。イラストレーション+ライター=イラストライターとして活躍。著書に『顔』『歴史上の日本人』。また「生徒の達人」として、生物学、免疫学、解剖学の個人授業を受け、そのレポートを執筆した。


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