■ 草木塔 データベース (1999.9.26)

Home

nnnX:データベース番号
nnn:通し番号 1〜701

X:句集
A 鉢の子
B 其中一人
C 行乞途上
D 山行水行
E 旅から旅へ
F 雑草風景
G 柿の葉
H 銃後
J 孤寒
K 旅心
L 鴉



草木塔

若うして死を いそぎたまへる
母上の霊前に
本書を供えまつる

山頭火



Home

(1) 鉢の子

1A 松はみな枝垂れて南無観世音

2A 松風に明け暮れの鐘撞いて

3A ひさしぶりに掃く垣根の花が咲いてゐる

4A 分け入っても分け入っても青い山

5A しとどに濡れてこれは道しるべの石

6A 炎天をいただいて乞ひ歩く

7A 鴉ないてわたしも一人

8A 生死の中の雪ふりしきる

9A 木の葉散る歩きつめる

10A 踏みわける萩よすすきよ

11A この旅、果もない旅のつくつくぼうし

12A へうへうとして水を味ふ

13A 落ちかかる月を観てゐるに一人

14A ひとりで蚊にくはれてゐる

15A 投げだしてまだ陽のある脚

16A 山の奥から繭負うて来た

17A 笠にとんぼをとまらせてあるく

18A 歩きつづける彼岸花咲きつづける

19A まつすぐな道でさみしい

20A だまつて今日の草鞋穿く

21A ほろほろ酔うて木の葉ふる

22A しぐるるや死なないでゐる

23A 張りかへた障子のなかの一人

24A 水に影ある旅人である

25A 雪がふるふる雪見てをれば

26A しぐるるやしぐるる山へ歩み入る

27A 食べるだけはいただいた雨となり

28A 木の芽草の芽あるきつづける

29A 生き残つたからだ掻いてゐる

30A わかれきてつくつくぼうし

31A また見ることもない山が遠ざかる

32A こほろぎに鳴かれてばかり

33A れいろうとして水鳥はつるむ

34A 百舌鳥啼いて身の捨てどころなし

35A どうしようもないわたしが歩いてゐる

36A 涸れきつた川を渡る

37A ぶらさがってゐる烏瓜は二つ

大観峰
38A すすきのひかりさえぎるものなし

39A 分け入れば水音

40A すべつてころんで山がひつそり

味々居
41A 雨の山茶花の散るでもなく

42A しきりに落ちる大きい葉かな

43A けさもよい日の星一つ

44A すつかり枯れて豆となつてゐる

45A つかれた脚へとんぼとまつた

46A 枯山飲むほどの水はありて

47A 捨てきれない荷物のおもさまへうしろ

48A 法衣こんなにやぶれて草の実

49A 旅のかきおき書きかへておく

50A 岩かげまさしく水が湧いてゐる

51A あの雲がおとした雨にぬれてゐる

52A ここに白髪を剃り落として去る

53A 秋となった雑草にすわる

54A こんなにうまい水があふれてゐる

55A 年とれば故郷こひしいつくつくぼうし

56A 岩が岩に薊咲かせてゐる

57A それでよろしい落葉を掃く

58A 水音といつしよに里へ下りて来た

59A しみじみ食べる飯ばかりの飯である

60A まつたく雲がない笠をぬぎ

61A 墓がならんでそこまで波がおしよせて

62A 酔うてこほろぎと寝てゐたよ

味々居
63A また逢へた山茶花も咲いてゐる

64A 雨だれの音も年とつた

65A 見すぼらしい影とおもふに木の葉ふる

緑平居二句
66A 逢ひたい、捨炭山がみえだした

67A 枝をさしのべてゐる冬木

68A 物乞ふ家もなくなり山には雲

69A あるひは乞ふことをやめ山を観てゐる

述懐
70A 笠も漏りだしたか

71A 霜夜の寝床がどこかにあらう

熊本にて
72A 安か安か寒か寒か雪雪

自嘲
73A うしろすがたのしぐれてゆくか

74A 鉄鉢の中へも霰

75A いつまで旅することの爪をきる

呼子港
76A 朝凪の島を二つおく

大浦天主堂
77A 冬雨の石階をのぼるサンタマリヤ

78A ほろりとぬけた歯ではある

79A 寒い雲がいそぐ

80A ふるさとは遠くして木の芽

81A よい湯からよい月へ出た

82A はや芽吹く樹で啼いてゐる

83A 笠へぽつとりと椿だつた

84A しづかな道となりどくだみの芽

85A 蕨がもう売られてゐる

86A 朝からの騒音へ長い橋かかる

87A ここにおちつき草萌ゆる

88A いただいて足りて一人の箸をおく

89A しぐるる土をふみしめてゆく

90A 秋風の石を拾ふ

91A 今日の道のたんぽぽ咲いた



Home

(2) 其中一人

92B 雨ふるふるさとははだしであるく

93B くりやまで月かげの一人で

94B かるかやへかるかやのゆれてゐる

95B うつりきてお彼岸花の花ざかり

96B 朝焼雨ふる大根まかう

97B 草の実の露の、おちつかうとする

98B ゆふ空から柚子の一つをもらふ

99B 茶の花のちるばかりちらしておく

100B いつしか明けてゐる茶の花

101B 冬が来てゐる木ぎれ竹ぎれ

102B 月が昇つて何を待つでもなく

103B ひとりの火の燃えさかりゆくを

104B お正月の鴉かあかあ

105B 落葉の、水仙の芽かよ

106B あれこれ食べるものはあつて風の一日

107B 水音しんじつおちつきました

108B 茶の木も庵らしくひらいてはちり

109B 誰か来さうな空が曇つてゐる枇杷の花

110B 落葉ふる奥ふかく御仏を観る

111B 雪空の最後の一つをもぐ

112B 其中雪ふる一人として火を焚く

113B ぬくい日の、まだ食べるものはある

114B 月かげのまんなかをもどる

115B 雪へ雪ふるしづけさにをる

116B 雪ふる一人一人ゆく

117B 落葉あたたかうして藪柑子

118B 茶の木にかこまれてそこはかとないくらし

或る友に
119B 月夜、手土産は米だつたか

120B あるけば蕗のたう

121B 椿ひらいて墓がある

122B ひつそりかんとしてぺんぺん草の花ざかり

123B いちりん挿の椿いちりん

124B 音は朝から木の実をたべに来た鳥か

125B ぬいてもぬいても草の執着をぬく

126B もう暮れる火の燃え立つなり

127B 人が来たよな枇杷の葉のおちるだけ

128B けふは蕗をつみ蕗をたべ

129B 何とかしたい草の葉のそよげども

130B すずめをどるやたんぽぽちるや

131B もう明けさうな窓あけて青葉

132B ながい毛がしらが

133B こころすなほに御飯がふいた

134B てふてふうらからおもてへひらひら

135B やつぱり一人がよろしい雑草

136B けふもいちにち誰も来なかつたほうたる

137B すツぱだかへとんぼとまらうとするか

138B かさりこそり音させて鳴かぬ虫が来た



Home

(3) 行乞途上

139C 松風すずしく人も食べ馬も食べ

140C けふもいちにち風をあるいてきた

141C 何が何やらみんな咲いてゐる

142C あるけばきんぽうげすわればきんぽうげ

143C あざみあざやかなあさのあめあがり

144C うつむいて石ころばかり

145C 若葉のしずくで笠のしづくで

146C ほうたるこいこいふるさとにきた

147C お寺の竹の子竹になつた

148C 松かぜ松かげ寝ころんで

149C 明けてくる鎌をとぐ

150C ひとりきいてゐてきつつき

151C かたむいた月のふくろうとして

川棚温泉
153C 花いばら、ここの土とならうよ

154C 待つてゐるさくらんぼ熟れてゐる

155C 山ふところのはだかとなり

156C 山路はや萩を咲かせてゐる

152C ここにふたたび花いばら散つてゐる

158C 朝の土から拾ふ

159C 石をまつり水のわくところ

160C いそいでもどるかなかなかなかな

161C 山のいちにち蟻もあるいてゐる

157C 雲がいそいでよい月にする

163C 朝は涼しい茗荷の子

164C いつも一人で赤とんぼ

165C 旅の法衣がかわくまで雑草の風

川棚を去る
166C けふはおわかれの糸瓜がぶらり

162C ぬれるだけぬれてきたきんぽうげ

168C うごいてみのむしだつたよ

169C いちじくの葉かげあるおべんたうを持つてゐる

170C 水をへだててをなごやの灯がまたたきだした

171C かすんでかさなつて山がふるさと

167C 春風の鉢の子一つ

173C わがままきままな旅の雨にはぬれてゆく

帰庵
174C ひさびさもどれば筍によきによき

175C びつしより濡れて代掻く馬は叱られてばかり

176C はれたりふつたり青田になつた

172C 草しげるそこは死人を焼くところ

177C 朝露しつとり行きたい方へ行く

178C ほととぎすあすはあの山こえて行かう

179C 笠をぬぎしみじみとぬれ



Home

(4) 山行水行

山あれば山を観る
雨の日は雨を聴く
春夏秋冬
あしたもよろし
ゆふべもよろし

180D 炎天かくすところなく水のながれくる

181D 日ざかりのお地蔵さまの顔がにこにこ

182D 待つでも待たぬでもない雑草の月あかり

183D 風の枯木をひろうてはあるく

184D 向日葵や日ざかりの機械休ませてある

185D 蚊帳へまともな月かげも誰か来さうな

186D 糸瓜ぶらりと地べたへとどいた

187D 夕立が洗つていつた茄子をもぐ

188D こほろぎよあすの米だけはある

189D まことお彼岸入の彼岸花

190D 手がとどくいちじくのうれざま

191D おもひでは汐みちてくるふるさとのわたし場

192D しようしようとふる水をくむ

193D 一つもいで御飯にしやう

194D ふと子のことを百舌鳥が啼く

195D 山のあなたへお日さま見おくり御飯にする

196D 昼もしづかな蝿が蠅たたきを知つてゐる

197D 酔へなくなつたみじめさはこほろぎがなく

198D はだかではだかの子にたたかれてゐる

199D ほんによかつた夕立の水音がそこここ

200D やつと郵便が来てそれから熟柿のおちるだけ

201D 散るは柿の葉咲くは茶の花ざかり

202D うれてはおちる実をひろふ

203D 人を見送りひとりでかへるぬかるみ

204D 月夜、あるだけの米をとぐ

205D 空のふかさは落葉しづんでゐる水

206D 石があれば草があれば枯れてゐる

207D お月さまがお地蔵さまにお寒くなりました

208D 水音のたえずしていばらの実

209D うしろから月のかげする水をわたる

210D しぐるる土に播いてゆく

或る若い友
211D 落葉を踏んで来て恋人に逢つたなどといふ

212D ぽきりと折れて竹が竹のなか

213D 月がうらへまはれば藪かげ

214D とぼしいくらしの屋根の雪とけてしたたる

215D ほいないわかれの暮れやすい月が十日ごろ

216D 街は師走の八百屋の玉葱芽をふいた

217D ことしもこんやぎりのみぞれとなつた

218D なんといふ空がなごやかな柚子の二つ三つ

219D ここにかうしてわたしをおいてゐる冬夜

220D 焚くだけの枯木はひろへた山が晴れてゐる

221D 病めば鶲がそこらまで

222D よびかけられてふりかへつたが落葉林

223D 雪へ足跡もがつちりとゆく

224D 酒を食べてゐる山は枯れてゐる

225D しんみり雪ふる小鳥の愛情

226D 遠山の雪も別れてしまつた人も

227D 雪のあかるさが家いつぱいのしづけさ

228D 藪柑子もさびしがりやの実がぽつちり

229D 枯れてしまうて萩もすすきも濡れてゐる

230D 椿のおちる水のながれる

231D 寝ざめ雪ふる、さびしがるではないが

232D 誰か来さうな雪がちらほら

233D ふくろうはふくろうでわたしはわたしでねむれない

234D 汽車のひびきも夜明けらしい楢の葉の鳴る

235D 月がうらへまはつても木かげ

236D 枯れたすすきに日の照れば誰か来さうな

237D 何もかも雑炊としてあたたかく

238D 蓑虫もしづくする春が来たぞな

病みほほけて信濃より帰庵
239D 草や木や生きて戻つて茂つてゐる

240D 病みて一人の朝がゆふべとなりゆく青葉

241D 柿の若葉のかがやく空を死なずにゐる

242D 蜂がてふちよが草がなんぼでも咲いて

243D けさは水音も、よいたよりでもありさうな

244D いつもつながれてほえるほかない犬です

245D ほんにしずかな草の生えては咲く

246D 生えて伸びて咲いてゐる幸福

247D 閉めて一人の障子を虫が来てたたく

248D 影もはつきりと若葉

249D ひよいと穴からとかげかよ

250D 誰も来てくれない蕗の佃煮を煮る

千人風呂
251D ちんぽこもおそそも湧いてあふれる湯

252D うれしいこともかなしいことも草しげる

253D ひとりひつそり竹の子竹になる

254D 山から山がのぞいて梅雨晴れ

255D 朝からはだかでとんぼがとまる

256D 食べる物はあつて酔ふ物もあつて雑草の雨

257D 炎天のはてもなく蟻の行列

258D 蜘蛛は網張る私は私を肯定する

259D いつでも死ねる草が咲いたり実つたり

260D 日ざかり落ちる葉のいちまい

261D 霽れててふてふ二つとなり三つとなり

262D 青空したしくしんかんとして

263D ここにわたしがつくつくぼうしがいちにち

264D 百合咲けばお地蔵さまにも百合の花

265D 草にも風が出てきた豆腐も冷えただろ

266D 風がすずしく吹きぬけるので蜂もとんぼも

267D ふるさとの水をのみ水をあび

268D ここを死に場所とし草のしげりにしげり

269D 誰にあげよう糸瓜の水をとります

270D お彼岸のお彼岸花をみほとけに

271D 彼岸花さくふるさとはお墓のあるばかり

272D 秋風の、腹立ててゐるかまきりで

273D おちついて柿もうれてくる

274D 重荷を負うてめくらである

275D つくつくぼうしあまりにちかくつくつくぼうし

276D 柿の木のむかうから月が柿の木のうへ

277D 寝床へ日がさす柿の葉や萱の穂や

278D 何か足らないものがある落葉する

郵便屋さん
279D たより持つてきて熟柿たべて行く

280D 百舌鳥のさけぶやその葉のちるや

樹明君に
281D うらから来てくれて草の実だらけ

282D ともかくも生かされてはゐる雑草の中



Home

(5) 旅から旅へ

283E わかれてきた道がまつすぐ

284E 月も水底に旅空がある

285E 柳があつて柳屋といふ涼しい風

286E みんなたつしやでかぼちやの花も

287E 夕立晴れるより山蟹の出てきてあそぶ

288E そこから青田のよい湯かげん

289E 昼寝さめてどちらを見ても山

290E 旅はいつしか秋めく山に霧のかかるさへ

291E よい宿でどちらも山で前は酒屋で

292E すわれば風がある秋の雑草

293E ここで寝るとする草の実のこぼれる

294E 萩がすすきがけふのみち

白船居
295E うらに木が四五本あればつくつくぼうし

296E 道がなくなり落葉しようとしている

297E 木の葉ふるふる鉢の子へも

298E 柳ちるそこから乞ひはじめる

299E よい道がよい建物へ、焼場です

長門峡
300E いま写します紅葉が散ります

301E あるけば草の実すわれば草の実

302E 春が来た水音の行けるところまで

303E 梅もどき赤くて機嫌のよい目白頬白

304E 春寒のをなごやのをなごが一銭持つて出てくれた

305E さてどちらへ行かう風がふく

306E この道しかない春の雪ふる

307E けふはここまでの草鞋をぬぐ

石鴨荘
308E 草山のしたしさは鶯も啼く

309E いつとなくさくらが咲いて逢うてはわかれる

橋畔亭
310E 先生のあのころのことも楓の芽

311E 樹が倒れてゐる腰をかける

津島同人に
312E おわかれの水鳥がういたりしづんだり

313E 燕とびかふ旅から旅へ草鞋を穿く

名古屋同人に
314E もう逢へますまい木の芽のくもり

315E 乞ひあるく水音のどこまでも

木曽路三句
316E 飲みたい水が音たててゐた

317E 山ふかく蕗のとうなら咲いてゐる

318E 山しづかなれば笠をぬぐ

飯田にて病む二句
319E まこと山国の、山ばかりなる月の

320E あすはかへらうさくらちるちつてくる



Home

(6) 雑草風景

321F 柿が赤くて住めば住まれる家の木として

322F みごもつてよろめいてこほろぎかよ

323F 日かげいつか月かげとなり木のかげ

324F 残された二つ三つが熟柿となる雲のゆきき

325F みんなではたらく刈田ひろびろ

326F 誰も来ないとうがらし赤うなる

327F 病めば梅ぼしのあかさ

328F なんぼう考へてもおんなじことの落葉ふみあるく

329F 落葉ふかく水汲めば水の澄みやう

病中二句
330F 寝たり起きたり落葉する

331F ほつかり覚めてまうへの月を感じていゐる

332F 月のあかるい水汲んでおく

白船老に
333F あなたを待つてゐる火のよう燃える

334F ちよいと茶店があつて空瓶に活けた菊

多賀治第二世の出生を祝して
335F お日様のぞくとすやすや寝顔

336F 悔いるこころに日が照り小鳥来て啼くか

337F 落葉ふんで豆腐やさんが来たので豆腐を

338F 枯れゆく草のうつくしさにすわる

339F 冬がまた来てまた歯がぬけることも

340F 噛みしめる味も抜けさうな歯で

341F 竹のよろしさは朝風のしづくしつつ

342F 霽れて元日の水がたたへていつぱい

343F 舫ひてここに正月の舳をならべ

344F 枯木に鴉が、お正月もすみました

345F どこからともなく散つてくる木の葉の感傷

346F しぐれつつうつくしい草が身のまはり

347F ひつそり暮らせばみそさざい

348F ぶらりとさがつて雪ふる蓑虫

349F 雪もよひ雪にならない工場地帯のけむり

350F あたたかなれば木かげ人かげ

351F 住みなれて藪椿いつまでも咲き

352F あるがまま雑草として芽をふく

353F ぬくうてあるけば椿ぽたぽた

354F 風がほどよく春めいた藪と藪

355F ほろにがさもふるさとの蕗のとう

356F ゆらいで梢もふくらんできたやうな

357F 山から白い花を机に

358F ある日は人のこひしさも木の芽草の芽

359F 人声のちかづいてくる木の芽あかるく

360F 伸びるより咲いていゐ る

361F 草のそよげば何となく人を待つ

362F ひとりたがやせばうたふなり

363F 花ぐもりの窓から煙突一本

364F ひつそり咲いて散ります

365F 枇杷が枯れて枇杷が生えてひとりぐらし

366F 照れば鳴いて曇れば鳴いて山羊がいつぴき

367F 空へ若竹のなやみなし

368F 身のまはりは草だらけみんな咲いてる

369F ころり寝ころべば青空

370F 何を求める風の中ゆく

371F 草を咲かせてそしててふちよをあそばせて

372F 青葉の奥へなほ径があつて墓

373F それもよからう草が咲いてゐる

374F 月がいつしかあかるくなればきりぎりす

375F 木かげは風がある旅人どうし

376F 日の光ちよろちよろとかげとかげ

377F 月のあかるさがうらもおもてもきりぎりす

樹明君に
378F あんたが来てくれさうなころの風鈴

379F 炎天の稗をぬく

380F てふてふもつれつつかげひなた

381F もう枯れる草の葉の雨となり

382F くづれる家のひそかにくづれるひぐらし

病中五句
383F 死んでしまへば雑草雨降る

384F 死をまへに涼しい風

385F 風鈴の鳴るさへ死のしのびよる

386F おもひおくことはないゆふべの芋の葉ひらひら

387F 傷が癒えゆく秋めいた風となつて吹く

388F 秋風の水音の石をみがく

389F 萩が径へまでたまたま人の来る

390F 月へ萱の穂の伸びやう

391F 旅はゆふかげの電信棒のつくつくぼうし

392F つきあたれば秋めく海でたたへてゐる



Home

(7) 柿の葉

昭和10年12月6日、庵中独座に堪へかねて旅立つ
393G 水に雲かげもおちつかせないものがある

生野島無坪居
394G あたたかく草の枯れてゐるなり

395G 旅は笹山の笹のそよぐのも

門司埠頭
396G 春潮のテープちぎれてなほも手をふり

ばいかる丸にて
397G ふるさとはあの山なみの雪のかかがやく

宝塚へ
398G 春の雪ふる女はまことうつくしい

400G あてもない旅の袂草こんなにたまり

401G たたずめば風わたる空のとほくとほく

宇治平等院三句
402G 雲のゆききも栄華のあとの水ひかる

402G 春風の扉ひらけば南無阿弥陀仏

403G うららかな鐘を撞かうよ

伊勢神宮
404G たふとさはましろなる鶏

魚眠洞君と共に
405G けふはここに来て枯葦いちめん

406G 麦の穂のおもひでがないでもない

浜名湖
407G 春の海のどこからともなく漕いでくる

408G 鎌倉はよい松の木の月が出た

409G 伊豆はあたたかく野宿によろしい波音も

410G また一枚ぬぎすてる旅から旅

411G ほつと月がある東京に来てゐる

412G 花が葉になる東京よさようなら

甲信国境
413G 行き暮れてなんとここらの水のうまさは

414G のんびり尿する草の芽だらけ

信濃路
415G あるけばかつこういそげばかつこう

416G からまつ落葉まどろめばふるさとの夢

江畔老に
417G 浅間をまともにおべんたうは草の上にて

碓氷山中にて路を失ふ
418G 山のふかさはみな芽吹く

国上山
419G 青葉わけゆく良寛さまも行かしたろ

日本海岸
420G こころむなしくあらなみのよせてはかへし

421G 砂丘にうづくまりけふも佐渡は見えない

422G 荒海へ脚投げだして旅のあとさき

423G 水底の雲もみちのくの空のさみだれ

424G あうたりわかれたりさみだるる

425G 水音とほくちかくおのれをあゆます

毛越寺
426G 草のしげるや礎石ところどころのたまり水

平泉
427G ここまでを来し水飲んで去る

永平寺三句
428G 水音のたえずして御仏とあり

429G てふてふひらひらいらかをこえた

430G 法堂あけはなつ明けはなれてゐる

大阪道頓堀
431G みんなかへる家はあるゆふべのゆきき

432G 更けると涼しい月がビルの間から

433G 今日の足音のいちはやく橋をわたりくる

7月22日帰庵
434G ふたたびここに草もしげるまま

435G わたしひとりの音させてゐる

自責
436G 酔ざめの風のかなしく吹きぬける

437G 鴉啼いたとて誰も来てはくれない

438G 山羊はかなしげに草は青く

439G つくつくぼうし鳴いてつくつくぼうし

440G 降れば水音がある草の茂りやう

庵中独座
441G こころおちつけば水の音

442G ひらひら蝶はうたへない

443G ぬれててふてふどこへゆく

444G 大いに晴れわたり大根二葉

445G 何おもふともなく柿の葉のおちることしきり

446G 柚子の香のほのぼの遠い山なみ

447G にぎやかに柿をもいでゐる

千人風呂
448G はだかで話がはづみます

449G からむものがない蔓草の枯れてゐる

450G 米とぐところみぞそばのいつとなく咲いて

451G 墓場あたたかうしててふてふ

452G 山ふところの、ことしもここにりんだうの花

453G けさは涼しいお粥をいただく

結婚したといふ子に
454G をとこべしをみなへしと咲きそろふべし

455G わかれて遠い人を、佃煮を、煮る

456G 鎌をとぐ夕焼おだやかな

457G いつまで生きる曼珠沙華咲きだした

458G 藪にいちにちの風がおさまると三日月

459G わたしと生れたことが秋ふかうなるわたし

460G 歩くほかない草の実つけてもどるほかない

461G あたたかい白い飯が在る

462G ふつと影がかすめていつた風

463G 風の明暗をたどる

464G 立ちどまると水音のする方へ道

465G ほんのり咲いて水にうつり

466G 草の咲けるを露のこぼるるを

467G 吹きぬける秋風の吹きぬけるままに

468G やつと咲いて白い花だつた

469G 落葉の濡れてかがやくを柿の落葉

470G 悔いるこころの曼珠沙華燃ゆる

471G ふるさとの土の底から鉦たたき

472G 月からひらり柿の葉

473G 何を待つ日に日に落葉ふかうなる

474G 涸れてくる水の澄みやう

475G 草の枯るるにみそつちよ来たか

476G 澄太おもへば柿の葉のおちるおちる

477G 風は何よりさみしいとおもふすすきの穂

478G 産んだまま死んでゐるかよかまきりよ

479G けふは凩のはがき一枚

480G 草のうつくしさはしぐれつつしめやかな

481G 洗へば大根いよいよ白し

482G しぐるる土をうちおこしては播く

自嘲
483G 影もぼそぼそ夜ふけのわたしがたべてゐる

484G 冬木の月あかり寝るとする

485G ひよいと芋が落ちてゐたので芋粥にする

486G しぐれしたしうお墓を洗つていつた

487G 秋ふかい水をもらうてもどる

488G ひとりの火をつくる

489G 生きてしづかな寒鮒もろた

490G 草はうつくしい枯れざま

491G 藁塚藁塚とあたたかし

樹明君に
492G 落葉ふみくるその足音は知つてゐる

493G やつぱり一人はさみいし枯草

494G 落葉してさらにしたしくおとなりの灯の

495G 風の中からかあかあ鴉

496G 葉の落ちて落ちる葉はない太陽

497G 何事もない枯木雪ふる

498G ことしも暮れる火吹竹ふく

499G お正月が来るバケツは買へて水がいつぱい

昭和12年元旦
500G 今日から新らしいカレンダーの日の丸

自画像
501G ぼろ着て着ぶくれておめでたい顔で

502G あつまつてお正月の焚火してゐる

503G 雪ふる食べるものはあつて雪ふる

504G みぞるる朝のよう燃える木に木をかさね

505G しみじみ生かされてゐることがほころび縫ふとき

506G いつも出てくる蕗のとう出てきてゐる

緑平老に
507G かうして生きてはゐる木の芽や草の芽や

508G 雪ふれば酒買へば酒もあがつた

509G ひらくよりしづくする椿まつかな

510G てふてふうらうら天へ昇るか

自戒
511G 一つあれば事足る鍋の米をとぐ



Home

(8) 銃後

街頭所見
512H 日ざかりの千人針の一針づつ

513H 月のあかるさはどこを爆撃してゐることか

514H 秋もいよいよふかうなる日の丸へんぽん

515H ふたたびは踏むまい土を踏みしめて征く

516H しぐれて雲のちぎれゆく支那をおもふ

戦死者の家
517H ひつそりとして八ツ手花咲く

遺骨を迎ふ
518H しぐれつつしづかにも六百五十柱

519H もくもくとしてしぐるる白い函をまへに

520H 山裾あたたかなここにうづめます

521H 凩の日の丸二つ二人も出してゐる

522H 冬ぼたんほつと勇ましいたよりがあつた

523H 雪へ雪ふる戦ひはこれからだといふ

524H 勝たねばならない大地いつせいに芽吹かうとする

遺骨を迎へて
525H いさましくもかなしくも白い函

526H 街はおまつりお骨となつて帰られたか

527H ぽろぽろしたたる汗がましろな函に

遺骨を抱いて帰郷する父親
528H お骨声なく水のうへをゆく

529H その一片はふるさとの土となる秋

530H みんな出て征く山の青さのいよいよ青く

531H 馬も召されておぢいさんおばあさん

ほまれの家
532H 音は並んで日の丸はたたく

歓送
533H これが最後の日本の御飯を食べてゐる、汗

534H ぢつと瞳が瞳に喰ひ入る瞳

535H 案山子もがつちり日の丸ふつてゐる

戦傷兵士
536H 足は手は支那に残してふたたび日本に



Home

(9) 孤寒

537J だまつてあそぶ鳥の一羽が花のなか

538J 春風の蓑虫ひよいとのぞいた

539J ひよいとのぞいて蓑虫は鳴かない

540J もらうてもどるあたたかな水のこぼるるを

541J とんからとんから何織るうららか

542J ひなたはたのしく啼く鳥も啼かぬ鳥も

543J 身のまはりはほしいままなる草の咲く

544J 草の青さよはだしでもどる

545J 草は咲くがままのてふてふ

546J 藪から鍋へ筍いつぽん

547J ならんで竹の子竹になりつつ

548J 窓にしたしく竹の子竹になる明け暮れ

549J 風の中おのれを責めつつ歩く

550J われをしみじみ風が出て来て考へさせる

551J 雷をまぢかに覚めてかしこまる

552J がちやがちやがちやがちや鳴くよりほかない

553J 誰を待つとてゆふべは萩のしきりにこぼれ

554J 声はまさしく月夜はたらく人人だ

555J 雨ふればふるほどに石蕗の花

556J 播きをへるとよい雨になる山のいろ

557J そこはかとなくそこら木の葉のちるやうに

558J ゆふべなごやかな親蜘蛛子蜘蛛

559J しんじつおちつけない草のかれがれ

560J しぐるるやあるだけの御飯よう炊けた

561J 焼場水たまり雲をうつして寒く

死線四句
562J 死はひややかな空とほく雲のゆく

563J 死をひしと唐辛まつかな

564J 死のしづけさは晴れて葉のない木

565J そこに月を死のまへにおく

566J いつとなく机に塵が冬めく

567J 草の実が袖にも裾にもあたたかな

568J 枯すすき枯れつくしたる雪のふりつもる

569J 水に放つや寒鮒みんな泳いでゐる

570J 一つあると蕗のたう二つ三つ

571J 蕗のとうことしもここに蕗のとう

572J わかれてからのまいにち雪ふる

母の四十七回忌

573J うどん供へて、母よ、わたくしもいただきまする

574J 其中一人いつも一人の草萌ゆる

575J 枯枝ぽきぽきおもふことなく

576J つるりとむげて葱の白さよ

577J 鶲また一羽となればしきり啼く

578J なんとなくあるいて墓と墓との間

579J おのれにもる藪椿咲いては落ち

580J 春が来たいちはやく虫がやつて来た

581J 啼いて二三羽春の鴉で

582J 咳がやまない背中をたたく手がない

583J 窓あけて窓いつぱいの春

584J しづけさ、竹の子みんな竹になつた

585J ひとり住めばあをあをとして草

586J 朝焼夕焼食べるものがない

自嘲
587J 初孫がうまれたさうな風鈴の鳴る

588J 雨を受けて桶いつぱいの美しい水

589J 飛んでいつぴき赤蛙

560J げんのしようこのおのれひそかな花と咲く

591J また一日がをはるとしてすこし夕焼けて

更に改作(昭和15年2月)
592J 草にすわり飯ばかりの飯をしみじみ

行乞途上(改作追加)
593J 草にすわり飯ばかりの飯



Home

(10) 旅心

594K 葦の穂風の行きたい方へ行く

595K 身にちかく水のながれくる

596K どこからともなく雲が出て来て秋の雲

597K 飯のうまさが青い青い空

598K ごろりと草に、ふんどしかわいた

599K をなごやは夜がまだ明けない葉柳並木

600K 秋風、行きたい方へ行けるところまで

601K ビルとビルとのすきまから見えて山の青さよ

602K 朝の雨の石をしめすほど

行旅病死者
603K 霜しろくころりと死んでゐる

老ルンペンと共に
604K 草をしいておべんとたう分けて食べて右左

605K 朝のひかりへ蒔いておいて旅立つ

606K ちよいと渡してもらふ早春のさざなみ

607K なんとうまさうなものばかりがシヨウヰンドウ

宇平居
608K 石に水を、春の夜にする

福澤先生旧邸
609K その土蔵はそのままに青木の実

610K ひつそり蕗のとうここで休まう

611K 人に逢はなくなりてより山のてふてふ

612K ふつとふるさとのことが山椒の芽

613K どこでも死ねるからだで春風

614K たたへて春の水としあふれる

615K 水をへだててをとことをなごと話が尽きない

616K 旅人わたしもしばしばいつしよに貝掘らう

617K うらうら蝶は死んでゐる

618K さくらまんかいにして刑務所

病院に多々桜君を見舞ふ
619K 投げ挿しは白桃の蕾とくとくひらけ

多々桜君の霊前にて
620K 桃が実となり君すでに亡し

621K うららかにボタ山がボタ山に

湯田名所
622K 大橋小橋ほうたるほたる

623K このみちをたどるほかない草のふかくも

妹の家
624K たまたまたずね来てその泰山木が咲いてゐて

625K 泊ることにしてふるさとの葱坊主

626K ふるさとはちしやもみがうまいふるさとにゐる

627K うまれた家はあとかたもないほうたる

温柔郷裏の井子居
628K きぬぎぬの金魚が死んで浮いてゐる

華山山麓の友に
629K やうやくたづねあててかなかな



Home

(11) 鴉

630L 水のうまさを蛙鳴く

631L 寝床まで月を入れ寝るとする

632L 生えて墓場の、咲いてうつくしや

633L むしあつく生きものが生きものの中に

634L 山からしたたる水である

635L まひまひしづか湧いてあふるる水なれば

636L かたすみの三ツ葉の花なり

半搗米を常食として
637L 米の黒さもたのもしく洗ふ

638L へそが汗ためてゐる

639L 降りさうなおとなりも大根蒔いてゐる

640L むすめと母と蓮の花さげてくる

641L 雷とどろくやふくいくとして花のましろく

642L 風のなか米もらひに行く

643L 日が山に、山から月が、柿の実たわわ

644L 萩が咲いてなるほどそこにかまきりがをる

645L 鳴いてきりぎりす生きてはゐる

646L ここを墓場とし曼珠沙華燃ゆる

647L 身のまわりは日に日に好きな草が咲く

貧農生活二句
648L 働らいても働らいてもすすきツ穂

649L 刈るより掘るより播いてゐる

650L つゆけくも露草の花の

651L 空襲警報るゐるゐとして柿赤し

652L 防空管制下よい子うまれて男の子

身辺整理
653L 焼いてしまへばこれだけの灰を風吹く

老遍路
654L 死ねない手がふる鈴をふる

655L とほくちかくどこかのおくで鳴いてゐる

わが其中庵も
656L 壁がくづれてそこから蔓草

657L それは死の前のてふてふの舞

658L 月は見えない月あかりの水まんまん

11月、湯田の風来居に移る
659L 一羽来て啼かない鳥である

660L 秋もをはりの蝿となりはひあるく

661L 水のゆふべのすこし波立つ

662L 燃えに燃ゆる火なりうつくしく

再会
663L 握りしめる手に手のあかぎれ

664L 囚人の墓としひそかに草萌えて

となりの夫婦
665L やつと世帯が持てて新らしいバケツ

日支事変
666L 木の芽や草の芽やこれからである

667L 赤字つづきのどうやらかうやら蕗のたう

668L 机上一りんおもむろにひらく

3月、東へ旅立つ
669L 旅もいつしかおたまじやくしが泳いでゐる

670L 春の山からころころ石ころ

671L 啼いて鴉の、飛んで鴉の、おちつくところがない

672L 風は海から吹きぬける葱坊主

伊良湖岬
673L はるばるたづね来て岩鼻一人

渥美半島
674L まがると風が海近い豌豆畑

鳳来寺拝登
675L お山しんしんしづくする真実不虚

青蓋句屋
676L 花ぐもりピアノのおけいこがはじまりました

浜名街道
677L 水のまんなかの道がまつすぐ

秋葉山中
678L 石に腰を、墓であつたか

679L 水たたへたればおよぐ蟇

天龍川をさかのぼる
680L 水音けふもひとり旅ゆく

681L 山のしづけさは白い花

若水君と共に高遠城趾へ、緑平老に一句
682L なるほど信濃の月が出てゐる

月蝕
683L 旅の月夜のだんだん虧げゆくを

伊那町にて
684L この水あの水の天龍となる水音

権兵衛峠へ
685L ながれがここでおちあふ音の山ざくら

鳥居峠
686L このみちいくねんの大栃芽吹く

木曽の宿
687L おちつけないふとんおもたく寝る

帰居
688L しみじみしづかな机の塵

689L 朝の土をもくもくもたげてもぐらもち

大早
690L 涸れて涸れきつて石ころごろごろ

雨乞
691L 燃ゆる火の、雨ふらしめと燃えさかる

692L どこにも水がない枯田汗してはたらく

693L まいにちはだかでてふちよやとんぼや

694L 炎天のレールまつすぐ

695L もらうてもどる水がこぼれるすずしくも

696L 鉦たたきよ鉦をたたいてどこにゐる

697L 月のあかるさ旅のめをとのさざめごと

698L 鳥とほくとほく雲に入るゆくへ見おくる

699L けふの暑さはたばこやにたばこがない

700L 月は澄みわたり刑務所のまうへ

九月、四国巡礼の旅へ
701L 鴉とんでゆく水をわたらう



◆参考文献:春陽堂 山頭火文庫『句集(一)、(二)』
◆筑摩書房『山頭火句集』



読書ノートIndex / Home