■ スカラ座のトスカニーニ (2000.10.19)

CDの廉価版レーベルにNAXOSがある。ここからヒストリカルシリーズとして、トスカニーニのスカラ座再建記念コンサートが出ているのを最近知った。2枚組(NAXOS8.110821-22)、CDショップで1,780円であった。また、1937年にザルツブルグ音楽祭でウィーン・フィルハーモニーを指揮した《魔笛》もある。いずれもかつて1970年代にトスカニーニ協会盤として発売されたもののCD化である。

1943年、第二次世界大戦のまっただ中、スカラ座は連合軍による爆撃を受けた。これは連合軍側に、イタリア国民の精神的バックボーンである文化施設を破壊して士気をを挫こうとの意図があったようである。かろうじて、ステージは残ったものの、写真で見ると、天井は大きく崩れホールは瓦礫の山である。イタリア政府が何をおいても取り組んだのはスカラ座の復興であった。このとき国外にあったトスカニーニには帰国を渇望する声が高まったのであるが、ムッソリーニの独裁政権がある限り戻らないとの立場を貫いたのである。今やトスカニーニは単なる指揮者を越えて、イタリア人の心の奥底に燃えさかる自由の象徴とまでなったのである。

1946年、3年を費やしてスカラ座は再建された。5月11日再建を記念するコンサートにトスカニーニは戻ってきた。ホールは超満員である。コンサートの模様はイタリアのみならず全ヨーロッパに放送された。興奮したレポートは伝える「トスカニーニはまさに午後9時にステージに来た」。そして、プライベート録音のアセテート盤が不思議にも残されたのである。

《ナブッコ》は、人口に膾炙した感動的な演奏である。録音レベルがふらふら揺らぎ、にわか雨のような雑音の中から合唱が聞こえる。あたかもトスカニーニの胸のたぎりを伝えるかのように、ヴァイオリンのカンタービレが強くバックアップする。演奏の後の拍手がまたすごいものである。文字通り堂をゆるがしている。ステージ写真を見ると、指揮台の脇に高さ2メートルほどのマイクスタンドが1本立っている。合唱団はステージの奥をびっしりと埋めて、ほぼ200人か。

この《ナブッコ》の合唱には1943年の正規録音(NBC交響楽団、ウェストミンスター合唱団)がある。スカラ座の演奏に比べると、もちろん録音バランスも良くはるかに聞きやすい。演奏も整っている。しかし、あの熱気はない。まるで気の抜けたビールか、優勝が決まった後の消化試合の感である。

この再建記念コンサートはレナータ・テバルディのスカラ座デビューだったということだ。雑音の中からかろうじて、ビブラートを抑えた清潔な歌声を聞くことができた(ロッシーニ:歌劇《エジプトのモーゼ》から)。

◆録音 1946年5月11日
◆演奏 スカラ座交響楽団 スカラ座合唱団 指揮 アルトゥーロ・トスカニーニ
◆CD収録曲目
1 ロッシーニ 歌劇《泥棒かささぎ》序曲
2 ロッシーニ 歌劇《ウィリアム・テル》 婚礼の合唱
3 同上 第1幕 6人の踊り
4 同上 第3幕 兵士たちの踊り
5 ロッシーニ 歌劇《エジプトのモーゼ》第4幕 モーゼの祈り
6 ヴェルディ 歌劇《ナブッコ》序曲
7 同上 第3幕 行け我が思いよ、黄金の翼に乗って (ヘブライの囚われ人たちの合唱)
8 ヴェルディ 歌劇《シチリアの夕べの祈り》序曲
9 ヴェルディ 聖歌4篇 第4曲 テ・デウム
10 プッチーニ 歌劇《マノン・レスコー》 間奏曲、第3幕
11 ボイト 歌劇《メフィスト・フェーレ》プロローグ




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