■ 東電OL殺人事件 ( 2000.9.7)




佐野眞一著『東電OL殺人事件』新潮社(2000/5)を読んだ。444ページの大冊。朝日新聞のAERA(2000.9.11号)によれば、現場となった渋谷区円山町のアパートには、この本を読んで矢も盾もたまらなくなって、駆けつける女性がいるとのこと。また出版元である新潮社には、女性を中心に200通近い読者アンケートが寄せられ、なかには「ひとごととは思えない」「彼女の心の奥を知りたい」などと便箋にびっしりとしたためてある。実際、評者にしても妻が買わなければ、この本を読む機会はなかっただろう。

2人の人生が週刊誌のグラビア写真の様に交互に描かれている。殺された東電OLの渡辺泰子と、もうひとりは殺人事件の容疑者でありネパール人のゴビンダ・プラサド・マイナリ。彼を、犯人と断ずるにはあまりにも警察の取り調べはいい加減であり説得力が弱い。著者は冤罪をはらすべくネパールまで取材の足を伸ばしている。しかし、あまりにも渡辺泰子の生き方は落差が大きく強く引きつけるものがある。どうしても執筆の比重は彼女に片寄る。そして共感のメッセージすら感じられる。

渡辺泰子は、1957年(昭和32年)生まれ。慶応大学経済学部出身。1980年、東電初の総合職として入社。1993年 企画部経済調査室長副長に昇進。電力事業に対する経済の影響を研究する部署。父は、東大工学部電気工学科卒。東電の送電畑でエリートコースを走るが、重役を目の前にして胆管ガンで死亡、52歳であった。

精神科医の言葉を紹介している。「彼女は死んだ父親を過剰なまでに理想化するあまり、『父親に比べて見下げ果てた自分』『汚い自分』を処罰したいという衝動から行動していった。その結果、心と体が分離され、心が体に『見下げ果てた自分』『汚い自分』になることを命じてしまったと思うんです」

著者は渡辺泰子にレクイエムを捧げているのである。――泰子は東電に入社し、役員入り一歩手前で若死にした父親を、唯一無二の神のように尊敬してきた。東電入りした泰子のなかには、あるいは、病を得て無念の降格人事を味わうことになった父親の恨みを晴らし、女性として役員にまで昇りつめるという大望があったのかもしれない。それがライバルに海外留学の先を越され、そしてまた出向命令を受ける。泰子の挫折の思いは余人からは想像もできないほど深いものだったのかもしれない。

佐野眞一の著作では『遠い「山びこ」』(1992年)が忘れられない。昭和26年のベストセラー『山びこ学校』の主役である子供たち43人と青年教師・無着成恭のその後の40年を追ったルポである。なかでも、「母の死とその後」を書いた江口江一の件は清冽な印象を与える。造林事業に打ち込みながら、わずか31歳で無念にも夭折する。ここにもレクイエムの響きがある。


◆『東電OL殺人事件』 佐野眞一著、新潮社、2000/5


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