■ 『横書き登場 ―日本語表記の近代―』 (2003.12.5)

われわれは縦書き・横書きが混在していても何の違和感も持たない。いま本から目を上げると、駅のプラットフォームが見える。柱には駅名が「縦書き」されている。天井からぶら下がる駅名板、こちらは「横書き 」だ。世界中の言語は縦書き・横書きいずれかにこだわっているが、日本語のように融通の利く言語は少数派だという。

本格的な「横書き」が生まれたのは、幕末・明治初期のことである。江戸時代以前でも、欄間の扁額などに右横書きが見られるが、あれは1行1字の縦書きであって、横書きではない。右から左へ読み進むのは、 1行が1文字だけの縦書きで行が移ってゆくからだ。本書は、この「横書き」の歴史を、膨大な資料――書籍はもちろん、新聞、紙幣、鉄道切符、看板など――を渉猟し実証的に追跡したものである 。

著者は、平面利用の多様性――縦書きと横書きの混在――は近代の日本語が得た貴重な財産だという。多様な道のあることが日本語の表現を豊かにすることだと。横書き登場以前の日本語の書字方向は、縦書きという枠の中に自らを閉じこめていた。横書きの登場により、それまでの書字方向の「きまりごと」から自由になることで、使い勝手のよいシステムとなってきた。近代化とは、合理的な根拠のない「きまりごと」から自由になってゆくことであるとすれば、日本語の書字方向は横書きを得て、近代化したのだと。

小説などは、今後とも「縦書き」が残ってゆくかもしれない。特に作家からはこだわりの声が聞こえる。しかし、心理学的研究によれば、縦書き・ 横書きの有利不利は、慣れによるところが大きく、両者に有意な差はみとめられないとのこと。

左横書きが一世を風靡するようになったのは、戦後である。著者が注目するのは、左横書が、国語改革(当用漢字表や現代かなづかい)のように 、国家によって強制されたものでなかったこと。左横書きへの統一は戦後の日本語表記の変革のうち、唯一 、草の根が生み出し成就させたものだという。欧米先進国が用いている横書きの方が合理的にちがいないという信念・信仰が先立っていた可能性も高いと。やはり、ここにも欧米コンプレックスがあったのかな。


◆『横書き登場―日本語表記の近代―』尾名池誠、岩波新書、2003/11


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