■ 『昆虫』 驚異の微小脳 (2007.4.8)
コンピューターのパワーがいつかは、ヒトの脳を追い越すのではないか、という議論がある。しかしこの本を読むと、今更ながら、当たり前であるが生命の神秘と言った感にしびれてしまう。動物の脳のもつ潜在力は、とてもコンピュータの及ぶところではない。
著者は「昆虫が示す最もユニークな行動」として、ミツバチの8の字ダンス(尻振りダンス)による情報伝達をあげている。昆虫の微小脳が実現する最も洗練された行動だという。よい蜜源を見つけたミツバチが仲間のハチに、ダンスによって蜜源のありかを伝えるコミュニケーションだ。
昆虫は、たった1立方ミリメートルに満たない脳――著者は微小脳と言っている――ヒトに比べたら、ほとんどゼロに近い容量ではないか。そこで驚くべき情報処理をコントロールしているだから。
ほんのわずかな神経細胞のコントロールによって、生命の維持に必要な行動(餌を探すこと等)が、簡潔な、洗練された、そして無駄のない手順によって実現されているのだからすごい。自在に空を飛ぶなどといった行動も。
ハチやアリの帰巣行動もさらに洗練されたものの一つである。巣から遠く離れた場所から巣に戻るとき、アリたちは太陽の見える角度を一定に保つことで、目的地=巣にたどり着くそうだ。かつての船乗りがやっていた手順と同じだ。1日の時刻を知り、その時刻の太陽の位置を覚えているということ。
昆虫の脳では、比較的単純な反射行動、複雑な本能行動、高度な学習行動のための多数の経路が重層的に積み重なっているという。昆虫とほ乳類の脳の基本構造が似ていることは、ほ乳類と昆虫の共通の祖先が、すでに並列的・重層的は神経構造をもっていたことを示す。生命の歴史において、我々ヒトと昆虫との距離はそんなに離れていないということだ。
最近の研究では、ヒトと昆虫の区分を超えた共通の働きをもつ遺伝子が続々と発見されているという。脊椎動物と昆虫の共通の祖先は、先カンブリア紀にいたと考えられるが、すでに頭部、腹部、尾部の区別や体節構造を備え、頭部には感覚器をもち、中枢神経をもっていた。
こうした共通の祖先から、先カンブリア紀の初期に新口(しんこう)動物と旧口(きゅうこう)動物が分岐し、前者の系統の最頂点にヒトが立ち、後者の系統の最頂点に昆虫が立つことになった。読み進むほどに、生命に対する畏敬の念と謙虚な姿勢が増してくる。
◆『昆虫―驚異の微小脳』 水波誠著、中公新書、2006/8
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