■ 『われら以外の人類 猿人からネアンデルタール人まで』 脳の進化を支えたのは肉食だ (2005.12.5)



人類は700万年前ごろ、直立歩行する霊長類としてアフリカで誕生した。われわれホモ・サピエンスは、20万年前ごろアフリカで出現し、2万5千年前ごろにはネアンデルタール人らを圧倒して現在の繁栄にいたる、というのが人類進化の通説である。本書はこのような人類の歴史をたどり、従来の通説に加えて最新の研究成果をバランスよく紹介する。著者は朝日新聞の科学部記者であり、この辺は要領がよい。

なぜヒトの起源はアフリカにあるのか。アフリカ独特の大地溝帯に理由があるという。イブ・コッパンの人類進化説はこうである。アフリカの森林には何種類もの類人猿が住んでいた。800万年前ごろから、谷の陥没とその周りに隆起が起こり、地溝帯が形づくられる。西は熱帯雨林、東は乾いた草原が広がるサバンナになった。地溝帯によって、すみかを東西に分断された類人類の集団は、それぞれに独自の進化を進めるようになる。西は森で暮らすチンパンジー、ゴリラ。東ではサバンナという新しい環境に適応する種に――それがヒトだったというわけだ。

ヒトの最大の特徴は大きな脳である。霊長類のお産はわずか数分だが、ヒトでは短くても数時間。これは脳が大きくなったからだ。ヒトの赤ちゃんはうまれたばかりでは何もできないのに、1年近く育ち続ける。そして、この赤ちゃんの未熟さを支えることが、雌雄の関係、あるいは集団のあり方などに大きな影響を与え、ヒトの生活史を変えていく原動力になったという。

ここで興味深い社会脳仮説が紹介される。知能進化には社会的知能が重要だったというのだ。つまり、多くのライバルがいる集団では、ライバルたちとあるときはうまく協力したり、あるときは出し抜いたりしないと生き残れない(あるいは子孫を残せない)。このような社会的競合が、知性が発達するきっかけであったと。社会生活とそれがもたらす複雑な問題を解決するために、脳のモジュールのうち社会的知能がより高度になってくるというわけだ。あの権謀術数に巧みだったイタリア人の名前をとって、「マキャベリ的知性」というそうだ。

思いもかけず、ヒトが進化の過程で肉食を選んだ重要性を指摘する。脳はたくさんのエネルギーを消費する器官である。豊富な脂肪とタンパク質で短時間に栄養が取れることが重要。大きくなりつつある脳を支えたのは肉食だったと。ヒトが生きていくのを植物食で支えられるようになるには農業の発達を待たねばならなかった。

脳が発達して知能が高まれば、多くのヒトが協力して複雑な戦略を編み出し、狩猟を進めることもできた。この進化のサイクルに入るためには、栄養の問題が重要だった。ホモ属進化の初期に肉の味を覚えていなかったら、ネアンデルタール人もわれわれも今、存在していたかった可能性は大きいという。


◆『われら以外の人類 猿人からネアンデルタール人まで』内村直之著、朝日新聞社、2005/9


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