■ 『ランダムな世界を究める 物質と生命をつなぐ物理学の世界』 米沢富美子・立花隆 (2001.12.23)




著者の米沢富美子さんは日本の女性科学者の草分け的存在。「アモルファス」研究の第一人者である。すでに幼稚園で幾何学に挑戦し、三角形の「内角の和の問題」などをやっていたというから神童である。米沢富美子博士の代表的な仕事はCPAというもの。コヒーレント・ポテンシャル近似で、ランダム系における電子状態を記述する近似理論とのこと。難しい。立花隆の話題の引き出し方が巧みで興味深く読める1冊。専門家による用語解説もていねいである。

アモルファス」とは、「結晶でない固体」のこと。太陽電池やVTRの磁気ヘッド、複写機のドラムなどに使われている。結晶は原子が周期的に並んでいるが、何らかの方法で結晶を非常に高いエネルギー状態にしたあと、急速に冷却するとアモルファスになる。速く冷やすことで、高エネルギー状態のときのランダム性を保存したまま原子を固定してしまう。アモルファスのように、規則正しさをもたない系を総称して「ランダム系」という。

たとえば、複写機のドラムの表面はアモルファスセレンである。光がきた部分は瞬間的に金属になり、その部分の電荷はなくなる。逆に光が当たらなかった部分は帯電が残る。ドラムの上にトナーをふりかけると、トナーはこの帯電残存部に付着する。このトナー像をコピー用紙に転写し、熱を加えてコピー用紙の上に定着させる。ここ20年ほどの間にアモルファスの研究は飛躍的に進んだという。アモルファスを扱う土俵が、サイエンスからテクノロジーのほうに移ってきたのだ。

本書でも簡単にふれられているが、米沢さんは、乳ガンでの乳房切除など、健康上のハンディキャップを背負っている。家事に奮闘し3人の子供を育てるだけでなく、日本科学界では女性ではじめて物理学会会長をつとめたり、数々の国際学会をオーガナイズしたり、立花隆の言葉によれば、「スーパーウーマンのスーパー人生」としかいいようがないのである。

乳がんで亡くなったジャーナリスト、千葉敦子さんとの交流にもふれている。
・『「死への準備」日記』千葉敦子、朝日文庫、1989/10 朝日ジャーナルに連載したもの。


◆『ランダムな世界を究める 物質と生命をつなぐ物理学の世界』 米沢富美子・立花隆著、平凡社、2001/9、平凡社ライブラリー

◆米沢富美子 (よねざわ・ふみこ) 1938年、大阪市生まれ。京都大学大学院博士課程修了。現在、慶応大学理工学部教授。大学院入学以来、アモルファス物質の理論研究に取り組み、67年、「コヒーレント・ポテンシャル近似」と呼ばれる新しい理論を発表。世界的な注目を集める。以後、次々と成果を上げ、世界のアモルファス研究をリードしてきた。84年に猿橋賞を、89年には科学技術庁長官賞を受賞。近年は、コンピューター・シュミレーションの可能性をさらに追究。「複雑液体」の研究でも日本のレベルを世界最先端にまで押し上げた。97年に発表された「全く新しい金属―半導体転移の機構の発見」においても世界的な反響を呼ぶなど名実ともに第一人者として活躍中。



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