■ 『誰が音楽をタダにした?』 mp3って何?  (2017.4.8)







かなり大部の本である。400ページ近くあり、ちょっと一息では読み切れない。この本は次の3つの物語を縦糸にしている。
@mp3(音声圧縮技術)の生みの親であるドイツ人技術者の物語
A世界の音楽市場を独占支配するようになったエグゼクティブの物語
Bインターネットの海賊界を支配した音楽リーク・グループの物語
さらに、インターネットの普及、海賊犯を追う捜査官、音楽レーベルによる著作権保護訴訟などが横糸として絡み合っている。

本書を思い切って、ひと言に圧縮すれば、「音楽ソフト盛衰記」といえようか。レコード、カセットを経て、いまわれわれが音楽を聞くときはCDがほとんどではないか。そのCDも衰退期に入っているという。インターネットからの音楽ソフトのダウンロードが中心になりつつあるようだ。もっぱらYouTubeという比率も高いのかな。そして不法コピーの存在はどうなのだろう。日本人読者には、とくに上記のA、Bは遠い物語の感がある。

ドイツで開発されたmp3という音響圧縮技術が、無料で公開されたことをきっかけに、、CD不法コピーの配布ツールとして注目されるようになった。インターネットの進展とともに、このmp3の利用がさらに広がり、不法コピー・サイトの拡大を促し、著作権侵害の黄金時代を生み出すに至った。ついには音楽産業を殺す結果となった。いま一般ユーザは音楽にお金をはらうインセンティブをなくしてしまっているかにみえる。

mp3(音声圧縮技術)を開発したのは、ドイツ人のカールハインツ・ブランデンブルク。大学院時代にディーター・ザイツァーから指導された。その研究がmp3技術の基礎になった。ザイツァー自身も音響心理学の父と呼ばれるエバハルト・ツビッカーから指導を受けていた。人間がどのように音を認識するかが研究テーマだった。大型の肉食動物から身を守るため、耳は早期警戒システムとして働くようになっている。このため、マスキング効果のような、構造的な欠陥があるのだ。
  ブランデンブルクの考案したmp3は、音を1秒ごとの断片にして、これを狭い周波数帯で分ける。この時間と周波数の網目(ピクセル)を、ツビッカーの発見した4つの音響心理学のトリック(*)を使って、コンピュータでデータを簡素化するものだ。
  ブランデンブルクの特許を元にした商業製品の開発が、1987年から本格的になった。データ容量を12分の1に圧縮することが課題だったが、研究が進み、圧縮のアルゴリズムは多種多様な音楽に対応できるようになっていた。人間の話し声は難しかったが、AT&Tのベル研究所との共同研究でほぼ完成した。

    ――興味深いエピソード――
   研究所では日本製のSTAXのヘッドホンを使っていた。この静電型イヤースピーカーは数千ドルもした。
   レンガほどの大きさで専用アンプが必要。研究者は音響の歴史上最高の逸品だと評価していた。
   どんな些細な欠点もはっきりと表に出し、デジタル処理の不具合を浮かび上がらせた。
   このため、音質改善のサイクルが速まったという。


ブランデンブルクはパソコン向けのmp3ファイルの圧縮/再生アプリケーションを開発した。一般ユーザが自分のパソコンでmp3ファイルを作り、それを再生できるようになったのだ。12枚のCDを1枚に圧縮することができた。音質は完璧だった。誰かが、ブランデンブルクに聞いた。「自分がなにをやってのけたか、わかってる?」「音楽産業を殺したんだよ!」
  この技術がストリーミングに適用されたときの、CD販売へ与える危機的なショックが予想されたのだ。音楽産業は、インターネット全般とか未来の録音技術へは無関心だった。もちろんmp3にも。というよりそれをあえて知ろうとしなかったのだ。音楽産業はストリーミングに興味がなかったし、CDと強く結ばれていた。1990年代の終わりには音楽業界全体がCDブームの波に乗り史上最高益を達成していた。

シーンと呼ばれる、海賊ソフトが活発に交換される場があった。そこには、12分の1に圧縮された音楽ファイルがあった。世界初のデジタル海賊音楽グループが、無数の違法音楽ファイルを蓄積していた。パソコンのスピーカーで聞く限りmp3ファイルはCDとまったく変わらなかった。一体だれが、CDなんて買うんだ。
  スタジオエンジニアの仲間内ではmp3の音質はクソだという説がまかり通っていた。この意見が正しいとしても売上には関係ない。人々は安物プレーヤーで傷のついたレコードを聞き、外ではAMラジオを聞いていた。それに比べればmp3ははるかにマシだった。リスナーは音質を気にしない。

1999年には、ナップスターによる、ピア・ツー・ピア(P2P)のファイル共有サービスが出現する。mp3ファイルをお互いに交換できるのだ。これまではテクノロジーオタクの大学生だけに限られていた違法音楽ファイルがだれにでも手に入るようになった。そして、著作権侵害の津波がやってきて、P2Pのファイル共有は地下に追いやられる。

2001年に終わりに発売されたiPodは大成功を収めた。ジョブズは、iPodに有料でダウンロードする合法的な楽曲販売を考えていた。しかし、アップルは、違法mp3ファイルがどれほど浸透していたか、持ち歩けるようになればそれにどれほど価値が出るかをよくわかっていなかった。ナップスターのおかげで、おそらく何十億ものmp3ファイルが存在していたのだ。
  2000年代にアップルが勢いを持ったきっかけはナップスターで得た不正ファイルを堂々と持ち歩けるようにしたからだった。海賊行為はまだ広く行われていた。ナップスターは消えてもP2Pのファイルシェアはなくならなかった。CDにおカネを払ったことのない世代はファイルシェアを当たり前の権利だと考えていた。かっこいいハードドライブのiPodは、海賊版でいっぱいになっていた。


本当の問題は一般大衆だった。法を破っていたのは消費者だ。iPodにあれだけお金を払うくせに、音楽業界には一銭も落とさなかったのだから。ほとんどの人はファイルシェアを違法だと理解していなかった。
  RNSは、歴史上もっとも浸透し悪名を誇ったインターネット上の著作権侵害グレープ。11年間に2万枚を超えるアルバムをリークした。最初はイーベイでCDを漁っていたが、ラジオのDJやレコード店の従業員を賄賂で抱き込み、テレビ局や音楽スタジオにスパイを送り込んだ。工場の中にも入り込み、あらゆるジャンルのアルバム3000枚を毎年リークした。潜入と拡散の世界的なネットワークを作り上げ、インターネットの陰に隠れて違法コピーの山を築き、解読できない暗号にしてそれを保管していた。
  RNSが音楽業界に与えた損失は間違いなく本物で、何億、何十ドルにも上っていた。それでも2010年3月19日テクノロジーの素人から選ばれたテキサスの陪審団はこうした活動を禁止する法に従う必要はないと判断したのだった。

2012年北米のデジタル音楽の売上はCDの売上を上回った。業界は以前より厳格に警戒していたもの、リークはまだ起きていた。アメリカの音楽売上の3分の1はまだアルバムCDから来ていた。世界的には半分以上がCDによるものだった。

  (*) 4つの音響心理学のトリック
@人間の聴覚は一定の周波数をもっともよく聞き分け、それは人間の声の周波数帯に近い。特に高くなると聞こえなくなる。その周波数帯の両極にはあまりビットを割り当てる必要がない。
Aピッチの近い音はお互いを打ち消し合いがち。特に低い音は高い音を消す。
バイオリンとチェロの音が同時に響く場合には、バイオリンにビットを少なく配分すればよい。
B大きなバンという音のあとの雑音はかき消される。シンバル音の直後の数ミリ秒へのビット配分は少なくてよい。
C大きな音の前にくる雑音も打ち消されることがわかった。耳が知覚を処理するのに数ミリ秒かかり、突然大きな音が入ってくると、この処理が邪魔されてしまうからだ。
   シンバルがなる前の数ミリ秒もビットの割り当ては少なくてすむ。



◆『誰が音楽をタダにした? 巨大産業をぶっ潰した男たち』スティーヴン・ウィット/関美和訳、早川書房、2016/9

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