■ 『不可能を可能に』 点字の世界を駈けぬける   (2015.10.16)









著者・田中徹二さんは10代の終わりに網膜剥離で光を失った。日本点字図書館館長を経ていま理事長である。視覚障害者のさまざまな支援事業に中心的役割を果たしてきた。音声デジタル図書のネットワーク創り、駅ホームの転落防止柵の設置、点字ブロックのJIS/ISO規格化の推進、等々。ハンディを乗り越えて、まさに「不可能」に取り組んだエネルギッシュな活動ぶりだ。





視覚障害者の世界にも、デジタル化の大きな波が押しよせている。かつて視覚障害者にとって、手紙を書いたり読んだりするのは難問だった。晴眼者のように気軽に手紙のやり取りをするわけにはいかなかった。メールなら、なんでもない。まったく晴眼者と同じだ。これだけの恩恵を与えてくれたデジタル化以外にない、という。

点字はコンピューターと相性が良いと言えるだろう。視覚障害者のためのデジタル録音図書の作成、学習障害者などのためのデジタルマルチメディア図書の作成などに効果的だ。現在「サピア図書館」は、約13万タイトルの点字データ、約5万タイトルのデイジー録音データを保有している。週刊誌は発売日からほぼ1週間以内に表紙から最後までほぼ全部の記事を録音できるという。視覚障害者は一般の発売日から5、6日遅れで読むことができる。

テキスト・デイジー図書では、「自炊」――スキャナーで本を読み取りデジタルデータに変換・編集すること――が活躍している。視覚障害者はこのデータを合成音声で読むのだ。テキスト・デイジーは製作が比較的容易なので早く提供できるメリットがある。

インターネットの世界では、Webの利用も進んでいる。Web図書館システムは、全国の点字図書館が2011年から徐々に導入しはじめた。インターネット上で、書誌目録管理、利用者管理、貸出業務、さらに統計や帳票の出力などができる図書館システムだ。

点字書の製作はパソコンの出現で一変した。点訳ソフトや、点訳データをもとに、点字を紙に打ち出す点字プリンター、視覚障害者用の画面読み上げソフトの開発など、視覚障害者のパソコン環境が大きく変わってきた。

これからインクルーシブ教育に進む子供が増えてくるだろう。インクルーシブ教育とは、一般校で障害のある子どもと、そうではない子どもがともに学ぶこと。点字教科書のニーズも増えてくる。欧米と違い、漢字の読みの難しさから、日本では自動点訳が進まず、多くの点訳ボランティアに頼らざるを得ない状況だ。最も大切な教科書の製作がボランティアに任せられていていいのか。

バリアフリーの実現。課題のひとつは、視覚障害者がホーム上を安心して歩けるようになることだろう。転落死事故をきっかけに、駅ホームの点字ブロック設置は急速に普及したが、依然として事故は減っていない。全盲の人に限ると、82パーセントが転落経験者だ。電車ホームからの転落を防ぐにはホーム柵の設置しか対策はないだろう。ホーム柵の設置は、JR山手線をはじめ東京メトロなど徐々に増えている。残る課題は、劣悪な道路環境と大量の放置自転車。点字ブロックの上に自動車が止まっていたり、自転車が置いてあったりすることは日常茶飯事だ。


◆『不可能を可能に 点字の世界を駈けぬける』 田中徹二、岩波新書、2015/8

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