■ 『漱石の夏休み』 文章執筆ルールが気になる (2015.10.13)




木屑録 (ぼくせつろく)』とは、夏目漱石が、第一高等中学校時代の夏休みに、友人たちと房総を旅行した際の見聞をしるしたもの。級友正岡子規に宛てて漢文でつづられている。『木屑録』の目的は、子規に文章のうでまえをみせることにあったのだが、子規はこれをつぶさによみ、批評をつけて漱石にかえしたという。

「木屑」とは木くず、おがくずのこと。無用のものだが、とっておけばなにかのやくにたつことがあるかもしれない、との意があるようだ。本書は、その『木屑録』を訳出したもの。高島俊男さんの訳文は、あの『坊っちゃん』を思い出させるように諧謔にとみ調子がよい。




冒頭の訳文をを引用すれば、以下の通りだ。子規を相手に気の置けない調子で得意の様を示しているのがわかる。
   吾輩ガキの時分より、唐宋二朝の傑作名篇、よみならつたる数千言、文章つくるをもつともこのんだ。精魂かたむけねりにねり、十日かけたる苦心の作あり。時にまた、心にうかびし名文句、そのままほろぼれ瀟洒のできばえ。むかしの大家もおそるにたらんや、お茶の子さいさいあさめしまへ、これはいつちよう文章で、身を立てるべしと心にきめた。……


<追記>
「はじめに」には、本書に適用された執筆ルールが記されている。興味深く参考になるものなので、原文からそのままに、以下に書き抜いておく。

わたしはかねてから、和語(本来の日本語)はできるだけかなで書くべきだと思っている。実際、平生から文章を書く際にはそのことをこころがけているが、この本では、それをいちだんとおしすすめて、固有名詞および引用個所以外の和語は原則としてかなで書くこととした。
というのは、主題である木屑録が漢字ばかりなのであるから、それについて書く文章もいきおい漢字がおおくなる。そのうえ和語までも漢字で書いたのでは、紙面が漢字だらけでまっくろになってしまうだろう。それで、本文部分では、和語はかなで書くこととしたのである。

ただし、例外がいくつかある。
まず日づけ、人数などのかずをあらわす語は、和語であっても漢字をもちいた。「九月九日」「友人四人と」などである。

つぎに、一音の名詞、「目」「手」「日」「名」などは漢字で書いた。これは、かなで書くと前後の文のなかに埋没してしまうからである。

また、語幹が一音である動詞のうちのあるもの、「見る」「書く」「知る」「死ぬ」なども漢字とした。理由は右に同じである。

さらに、東(ひがし)、西(にし)、南(みなみ)、北(きた)と、春(はる)、夏(なつ)、秋(あき)、冬(ふゆ)、それに、右(みぎ)、左(ひだり)、男(おとこ)、女(おんな)、石(いし)、岩(いわ)、海(うみ)、鳥(とり)なども漢字をもちいた。


◆ 『漱石の夏休み』 高島俊男、ちくま文庫、2007/6

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