■ 『ヒトラーの秘密図書館』 自動車王ヘンリー・フォードとの接点があったとは! (2012.12.13)




「本棚を見れば、その人が分かる」とはよく聞くことば。まして相手がヒトラーともなれば是非のぞいてみたいと思わずにはいられない。興味津々だ。

ヒトラーの個人的蔵書はベルリンの官邸とオーバーザルツベルクの山荘に分散して保管されていた。ざっと1万6300冊ほどだったらしい。ドイツ敗戦の混乱のなかで蔵書の大半はアメリカ兵やソ連兵に持ち去られてしまったという。散逸を免れた1300冊足らずが、現在アメリカ議会図書館とブラウン大学に保管されている。それらはこれまで特に調査・研究されることもなく、ほとんど忘れられていたそうだ。

本書は、これらの蔵書に新しい角度から光りを当て、現代史で最も不可解といわれる人物の精神世界を掘り下げている。特に10冊を選び出して、夢多き若きヒトラーがナチス総統にまで上りつめ狂信的な人種差別主義者へと巨大化したかを明らかにしている。また、ヒトラーにとって読書は、軍事経験が未熟ではないかというコンプレックスを打ち崩す手段でもあったようだ。

青年ヒトラーは画家・建築家を目指した。蔵書には芸術家の夢の名残があるという。フリードリヒ大王への傾倒が強まる。大王について述べている本には、シミやページの折り曲げなど、注意深く読んだ痕跡がはっきりと残っている。フリードリヒ大王はヒトラーにとって指導力と行動で終生の模範となった。

1923年、ヒトラーはミュンヘン蜂起に失敗しランツベルク監獄に囚われる。監獄で過ごした時間をヒトラーは「国費でまかなわれた高等教育」と呼び、今まで読めなかった本が読めると歓迎した。監獄のなかで『我が闘争』の執筆にかかる。このときヘンリー・フォード著『国際ユダヤ人』に重大な影響を受けたという。フォードは1920年から1922年にかけて新聞で激烈な反ユダヤ主義を主張していた。ドイツにも言及しユダヤ人はドイツの生活及び経済の重要な位置に居すわっていると。この主張が、いまだ輪郭のはっきりしなかったヒトラーの人生に入り込み大きな影響を与えたのだ。

ついで、マディソン・グラント著『偉大な人類の消滅――ヨーロッパ史の人種的基礎』に出会う。ヒトラーは「この本は私の聖書です」とまで入れ込んだ。著者のグラントはエール大学の卒業生で合衆国政府に任命されて外国人移民の割り当て人数の決定に当たっていた。アメリカ国内での人種差別政策を促進することを目的として書かれたが、1920年代にアメリカの移民制限法や断種法の制定に重大な影響を及ぼした。

グラントは人種差別的メッセージをまとめ上げている。ヨーロッパ大陸は数千年間に渡って北欧人種の侵入を受け支配されてきた。その後、北欧人種は他の人種に取って代わられるか、吸収されてしまった。衰退した偉大な人種とともに、断固たる行動を取ることが必要である。人種そのものを浄化しなければならないと。ついにはヒトラーに深い印象を与えユダヤ人根絶計画の礎となる。

ヒトラーの蔵書を調査した報告によれば、半数近くの7000冊ほどが軍事関連の書籍だという。ナポレオンの軍事作戦やプロイセン国王に関する本など、さらに歴史上有名な軍事作戦について書かれた本のほとんどすべてを所有していたと。ヒトラーには自身の軍事経験が足りないことに引け目があったようだ。読書によって詰め込んだ知識をバックに経験豊富な将軍たちと渡り合い強権を発動した。

ナチスの宣伝機構はヒトラーの軍事的手腕を世界に向けて吹聴していた。しかし軍事参謀達にとってヒトラーは常に邪魔者であり部外者であった。さらに危険なディレッタントだったと。ある将軍が後年述べている――ヒトラーには軍事指導者としての経験が欠けている。作戦の大きなリスクを負うことができないと。


◆ 『ヒトラーの秘密図書館』 ティモシー・ライバック/赤根洋子訳、文春文庫、2012/12

    HOME      読書ノートIndex     ≪≪ 前の読書ノートへ    次の読書ノートへ ≫≫