■『未来をつくる図書館』 起業支援図書館がある (2012.11.16)





いまインターネットが社会に深く浸透し、生活に欠かせないインフラとなっている時代。図書館には新たな役割が問われるだろう。本書の刊行は2003年。ニューヨーク公共図書館を主題として取り上げている。すでに十年前の話題にもかかわらず、改めて、図書館をめぐる日本の現状に気づかせてくれる。

日本は図書館後進国であるという。日本には2,655館の公共図書館があるが、人口10万人あたりの割合で考えると、日本は2.1館(2001年度の日本図書館協会調査)であるのに対して、アメリカは5.8館である。ドイツの8分の1でもある。それに、日本では依然として、55%の町と、84%の村に公共図書館がないというさびしい現状だ。

著者はニューヨーク公共図書館の活動を伝える。ニューヨーク公共図書館は総称で、専門分野に特化した大学院レベルの4つの研究図書館と85の地域分館の複合体である。"公共"とは言っても、"自治体のもの"といった意味ではなく、多くの人に開かれている(public)ということである。現にニューヨーク公共図書館の運営主体は自治体ではなく非営利民間団体(NPO)である。

アメリカの図書館の蔵書数は日本に比べて驚くほどではないものの、索引や電子化された情報がはるかに充実している。特にユニークなのは、科学産業ビジネス図書館(SIBL=シブル)の存在――起業支援図書館と言って良いかも。シブルは、ビジネスと科学に特化した情報提供を行う先端的な図書館だ。日本では公共図書館とビジネスとは相容れない観があるが。

シブルの構想が持ち上がったのは90年代初頭、オープンは1996年とのことだ。総費用120億年。IBMがコンピューターを寄贈しインフォメーション・キオスクの開発を行ったという。130万点の資料が所蔵されており、マーケティング、広告、バイオ・テクノロジー、コンピューターなど多岐の分野にわたる。企業年鑑、各国の貿易統計、法規制に関する資料なども。200種類の新聞・雑誌も閲覧できる。

シブルの目玉は電子情報センターだ。150種類ものデータベースを購読しており、インターネットに接続し無料で使える。これらのデータベースは極めて高い購読料が必要で、個人事業者ではなかなか利用が困難だ。無料で利用できるメリットははかりしれない。

アメリカの地域の図書館は市民のくらしをサポートする情報拠点の役割を担っている。ここ数年で最もニーズが高いもののひとつが医療情報とのことだ。ニューヨーク公共図書館では、医療関連のデータベースを無料で提供している。健康関連の刊行物や、米国で認可されている全処方薬、サプリメント、市販の薬品の情報が集まっている。学術雑誌のデータベースもあるので専門的な調査も可能である。

アメリカでは公益を担うのは市民との意識が強い。とりわけニューヨーク公共図書館はNPOであり、運営面においてあくまでも市民が主体となっている。スタッフは資金集めに知恵を絞っている。寄付のなかで最も一般的なものが、フレンズ・オブ・ライブラリー(図書館友の会)制度だ。図書館を支えようという富裕層も多い。だが、やはり景気の動向が大切だ。デジタル化への対応プロジェクトなどは多額の資金が必要だった。


◆『未来をつくる図書館 ―ニューヨークからの報告―』 菅谷明子、岩波新書、2003/9

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