■ 『ヒトの原点を考える』  ヒトは狩猟採取をして暮らしてきた  (2024-4-8)





コロナ禍の3年間(2020年〜2022年)ほど、「生物の進化」について考えたことはなかったですね。
この間はウィルスとの戦いだった。ウィルスは私たちがいろいろな防御策――ワクチンとか、を考え出すよりも早く進化するのだ。
彼らの生活史サイクルが私たちよりずっと速いからだと、著者はいう。
人類がウイルに勝つことはあり得ないのです。


私たち人類(ヒト)は、進化史のほとんどを、狩猟採取をして暮らしてきた。ヒトを理解することは、38億年の生物進化の歴史を知ること。農耕や牧畜が始まったのは、およそ1万年前。現代人の直接の祖先ともいえるホモ・サピエンスが誕生してから20万年に過ぎない。進化史のなかでも最後のたった20分の1なのだ。ヒトのからだはこの長い進化の歴史でうまく生き延びるように進化してきたのだ。

ヒトの日常生活と社会は、この100年の間(特にこの20年ほどでは)で激変した。それに対して、わたしたち人類は技術の発展に追いついていない。リアルタイムで進化してはいないのである。進化はもっとゆっくりしたものなのだ。ヒトのからだと心の働きが進化した場所は、狩猟採集生活なのだ。

ヒトが、類人猿から分かれて進化したのが600万年前。そして、ホモ属という人類が出現したのが200万年前。わたしたち自身であるホモ・サピエンスが進化したのが、20万年前である。ヒトの特徴の多くはこの20万年の間に作られたのだ。ヒトはその頃に進化した特徴をいまだに引き継いでいる。ヒトは哺乳類の一員である。雌が妊娠・出産・哺乳して子育てをするという特徴は、6500万年の哺乳類の進化を背負った性質である。

狩猟採集社会は、よく移動する社会でもある。獲物や植物を求めて毎日歩き回る。毎日10キロは歩くだろう。食物が得にくくなると、別の新しい土地へと移住した。動物を狩り、植物を採集し、火を使って調理し、余った食べ物は冷蔵庫なしで保存する方法を考案してきた。農耕が始まると、米や小麦など少数の食品に頼るようになった。以後カロリーは増えたが栄養は偏り、健康状態はむしろ悪化したようだ。

脳は、摂取するエネルギーの20パーセントを消費しているという。この大きなコスト高の脳のために、ヒトは、高栄養・高エネルギーの食物を摂取するように進化してきた。大きな脳を発達させ、維持していくためには相当な量のエネルギーと栄養、特に脂肪を必要とする。進化的にはそのような食事を「おいしい」と思う嗜好が、ヒトには形成される。だから、エネルギー源である糖分はおいしいし、脂肪やタンパク質もおいしいのである。糖分や脂肪は、貴重な資源だった。いったん手に入れば、今度いつ手に入るかわからないから、存分に食べる。だから、今の私たちの体には、糖分や脂肪の摂取を控えるようにするシグナルは備わっていないのだ。

ヒトは、きわめて特異な能力を持っている。他者が世界について得た情報を自分の情報として共有できるというもの。さらに、他者がどういうつもりでう考えたかという心をも共有できる。だから、情報を鵜呑みにするばかりでなく、他者の情報や知識を改訂し、よりよいものにすることができる。ヒトが持つ知識はどんどん蓄積されるばかりでなく、改良されていく。これがヒトの文化だ。このような蓄積的文化を持っているのはヒトだけ。また、ヒトは言語をもっているので、いろいろな情報について仔細に議論できる。


◆ 『ヒトの原点を考える ―進化生物学者の現代社会論100話』 長谷川眞理子、東京大学出版会、2023/7

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