■ 『ハイブリッド』  目標は燃費2倍 (2016.8.19)






この本『ハイブリッド』を手に取ったのは。新聞を読んでいてある小さな記事が目にとまったからである。朝日新聞の特派員メモ(2016.7.26)というコラムだ。


モンゴルの首都ウランバートルでは、トヨタのハイブリッド車プリウスの中古がひどく多いという。中古車商によると、プリウスは10年以上前から輸入されていたが、当初は「複雑なハイブリッドシステムはすぐ故障する」とみられて売れなかったそうだ。しかし5年ほど前から、購入者の間で燃費の良さと頑丈さが評判になり、口コミで広がったという。

プリウスの頑丈さが人気というが、どうも納得がいかない。ハイブリッド車とは、異なる2つ以上の動力源を持つクルマのことだ。プリウスの場合、通常のエンジンとモーターを組み合わせ、状況に応じて動力源を使い分けながら走行する。エンジンが得意な場面ではエンジンがタイヤを回し、モーターが得意な場面では、モーターが主要な動力源となる。

そもそも、ハイブリッド車そのものがトヨタの独創ではない。商業化された最初のハイブリッド車の開発は、ポルシェの創業者フェルディナンド・ポルシェによる。1900年のこと。最初に作ったのは電気自動車だったが、1回の充電で可能な航続距離が短いため、ガソリンエンジンを搭載し充電しながら走行できるようにした。このハイブリッド車は、ミクステという名前で市販された。ミクステはレースに優勝するなど、性能的にもガソリン車を完全に凌駕していたという。

トヨタは、プリウス以前にもハイブリッド車を開発している。ガスタービン・ハイブリッド車だ。ガスタービン単体では負荷が変動したときの効率が悪く、パワーもないためにクルマには使いにくい。そこで電気と組み合わせてパワーを補いガスタービンはある程度の一定の負荷で運転できるシステムを実現したのだ。このプロジェクトは1975年には終了した。

ハイブリッドは長年にわたって広く研究されており、シリーズ方式とパラレル方式という2つの基本形がある。
(1)シリーズ方式は、エンジンを発電機として使い電池を充電し、その電力でモーターを動かして走る。エンジン→電池→モーターと、エネルギーが直進していくイメージだ。ポルシェのミクステや、かつてのトヨタのガスタービン・ハイブリッド車が採用した。
(2)パラレル方式は、状況に応じてエンジンとモーターを使い分けたり、あるいはモーターをエンジンのアシストに使って走る。エンジン→タイヤ、モーター→タイヤというようにエネルギーの流れが並列になっている。

プリウスが採用したのは、基本2方式を組み合わせた、シリーズ・パラレル方式とでもいうべきもの。このハイブリッドシステムは、エンジン単独、モーター単独、あるいはエンジン+モーターのいずれでも走行できる。さらにはエンジン→発電機→モーターというシリーズ方式のようなエネルギーの流れ方もする。状況に応じて幅広い動力源を選べるため総合効率を大幅に上げられるのが特長だ。一方、この方式はシステム構成が複雑でその分コストが高くなってしまう問題がある。このためプリウスでは、クラッチや変速機を使用しない、遊星歯車だけで駆動系を実現するような比較的単純な構成を考えた。

遊星歯車とは、太陽の周りを惑星が自転しながら公転するような動きから名付けられた。遊星歯車は3つのパーツで構成される。@外周部のリングギア、A中心部のサンギア、そしてBプラネタリーキャリアで、これはリングギアとサンギアを連携させる複数のピニオンギアをつないでいる。遊星歯車の身近な例としては、遊園地のコーヒーカップがある。また、手回しの鉛筆削りでも使われている。鉛筆削りの手で回す部分がサンギア、鉛筆を削る刃がついているのがピニオンギア、それらを支える外周部分がリングギアになる。

3つの歯車はそれぞれ別々の回転速度で動くことができる。プリウスでは、動力分割機構として遊星歯車を採用した。プラネタリーキャリアをエンジン、サンギアを発電機、リングギアをモーターおよび駆動軸への出力軸にそれぞれ連結して回転数を調整しながら動く。遊星歯車しか使わないのでコストも下げられるのではないかと思われたが、楽観的すぎた。実際の開発や量産車作りには、解決すべき大きな課題が山積した。

ハイブリッドで燃費が向上する理由は、ひとつは回生ブレーキの効果。もう一つは、エンジンと電気モーターの助け合いの効果だ。

回生ブレーキは文字通りエネルギーを回収する機構。普通のクルマのブレーキは機械式で摩擦で止める。このとき摩擦熱が出る。回生ブレーキはこの熱エネルギーを回収して電気に変える。発電機で負荷をかけて速度を落とす仕組みだ。熱のエネルギーはもともと捨てているのだから、再利用すれば燃費は向上する。ハイブリッド車は電気モーターで駆動しているので、制動時に回生ブレーキで発電すればクルマを動かすエネルギーそのものになる。

もう一つの燃費向上は、エンジンと電気モータ−がお互いの弱点をカバーすることによる。エンジンは一定の速度で走っているときは燃費がよい。一方で、電気モーターはゼロ回転から最大トルクを発生し、しかもパワーを維持できる回転数の幅が非常に広い。発進・加速時のようにエンジンが苦手な部分ではモーターを力を借り、ある領域のスピードではエンジンを中心に走れば燃費がよくなる。

ハイブリッド車の制御には大きな課題がある。大出力の交流モーターやモーターを制御するインバーター(直流・交流変換器)が入っていること。普通のエンジン車では考えられない量のハーネス(配線類)があること。さらに回生ブレーキを実現するためには、エンジンとモーター、フットブレーキを同期させる細かな制御が必要だ。ハイブリッドシステムに使うECU(動作の制御用コンピュータ)開発業務は最重要事項である。

 <プリウスの動力系統図>


◆『ハイブリッド』木野龍逸(きの・りゅういち)、文春新書、2009/4

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