■ 『ミトコンドリア・ミステリー』 細胞小器官のびっくりする働き  (2021.2.2)



ミトコンドリアと、我々の祖先ともいえる原始真核生物が出会ったのは、今から10億年以上前、この出会いによって、両者は一つの生命体として生まれ変わったのだ。ミトコンドリアは、独自のDNAを持つ細胞小器官であり、生命エネルギーの製造工場として重要な役割を果たしている。このDNAは完全母性遺伝である。


ミトコンドリアのDNAが母親由来であることに着目し、カリフォルニア大学のアラン・ウィルソンはヒトのmtDNAの大規模な研究を行った。そこから、人類の起源がアフリカの一人の女性に由来するという、「ミトコンドリア・イヴ説」を発表した。(参考⇒『イブの7人の娘たち


哺乳類のミトコンドリアDNA(以降 mtDNAと略す)は、わずか37種類の遺伝子がコードされているにすぎない。バクテリアのような無性生殖なのだ。無性生殖では、生まれてくる子は親の遺伝子の完全コピーにしかならない。すなわち、多様性を失うことに ――急激な気候変動や生態系の変化などが起きたときに、種そのものが絶滅するリスクを負うことになる。有性生殖する多細胞生物の細胞内小器官でありながら、なぜミトコンドリアは無性生殖のシステムを残しているのだろう。

ミトコンドリアでは、なぜ精子だけが排除されるのだろう?精子は卵に到達し受精するまでに激しい鞭毛運動をする。エネルギーを供給する精子のミトコンドリアにも激しい負荷がかかる。mtDNAも酸化的ストレスによってダメージを受け、突然変異などの異常を多く蓄積してしまう危険性が高い。おそらく、そのような危険な精子のmtDNAが子孫に伝わることをおそれて、精子を排除しようとしているのだろう。私たちの祖先は、病原性突然変異の排除を優先するという戦略をとったのだろう。

このmtDNAに突然変異が生じたら、私たちの健康にはどのような影響が出るのか。ここからミトコンドリアがさまざまな疾病を招く元凶であるという認識が徐々に広まり、ショッキングな仮説が研究者から提唱された。とりわけ老化にともなう呼吸機能低下の原因がmtDNAの突然変異にあるという考えから、「老化ミトコンドリア原因説」が注目された。

この原因説はこうだ。mtDNAは、活性酸素や発癌物質などから常にダメージを受けている。そのため、mtDNAは年を取るにつれて、さまざまな箇所にいろいろ突然変異が蓄積する。その結果、加齢とともに、呼吸酵素の活性が低下するとか、ATPを生み出す能力の衰えるとか、…… 老化が進行するというわけだ。

著者等の実験・研究結果から、呼吸機能の低下は、核DNAの劣性突然変異が原因であることが明らかになった。真犯人は核DNAであり、老化ミトコンドリア原因説はとんでもない冤罪であったのだ。しかし、ミトコンドリアの内部が活性酸素や発癌物質からストレスを受け、危険で過酷な状況だというのは事実。mtDNAがいくらダメージを受けても呼吸欠損にならないというのなら、逆にそれはなぜなのかという疑問が残った。

植物では当時すでにミトコンドリア間で物質のやりとりのあることが明らかにされていた。研究の結果から、哺乳類のミトコンドリア間にも相互作用のあることが明らかになった。著者たちの実験では、呼吸欠損のミトコンドリアを同一細胞内で共存させた6日後から40日後までの間に、呼吸活性が復活するとわかった。「相互作用はすぐには起こらない」のだ。実験を重ねて、呼吸機能を完全に回復するには10〜14日程度は必要と判明した。

ミトコンドリア間相互作用は培養細胞だけで起きている特殊な現象ではなく、生体内でもごく一般的に起きていることが証明できた。ミトコンドリアは、実際の生体内でも一つになって助け合い、エネルギー生産ができるよう懸命の連携をしているのである。この核にはないユニークな防衛システムを使って、突然変異の蓄積によるダメージを最小限に食い止めているのだ。


◆ 『ミトコンドリア・ミステリー 驚くべき細胞小器官の働き』 林純一、講談社ブルーバックス、2002/11

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