■『脳ははなにかと言い訳する』 脳を鍛える力は (2014.4.12)





数年前に刊行されたものだが、たまたま古本屋で手に入れて読んでみると、池谷先生が取り上げる脳の話題が、いつものように興味深い。

例えば、人間に自由意思はないのでは、というテーマはどうだろう。コップを持ち上げようとするとき、持ち上げたいという意思が生まれるよりも前に、脳の運動前野がすでに腕を動かす準備を始めているそうだ。自分の意思で腕を動かしているような気がしているけれど、実は、脳の動きの方が先で、意識はずっと後なのだ。


脳は思い込みが強いのである。同じ虹を見ても、文化背景によって心に浮かぶ色数は異なる。7色と思っているのは日本人だけである。脳は目の前にある事実ではなく、思い込みという色眼鏡を通した虚構を眺めているのである。脳は偏見に満ちていると言えるだろう。自分にとって興味のあるもの、大切なものは、脳の中では大きい。だから一目見て、これはコップだ、と一瞬で判断して、それ以上は深く考えないでおくほうが、ほかの重要な作業に打ち込める。先入観や思い込みによって、脳は次々に入ってくる情報を素早く処理しているのだ。

脳のモチベーションはどうやって高まるのだろう。エサ(報酬)をもちいる方法がある。これは、心理学では外発的動機付けと呼ばれ、仕事の効率を高める手段として知られている。報酬にたどり着くまでのステップ数が多くなると、仕事のエラー率が高くなる。だから、同じ単純作業の繰り返しでも、行程が進み残り作業が少なくなると成功率が高まる。こうした報酬への期待と、仕事の精度の関係には、前頭葉の働きが関与しているという。仕事の正確度を高めたければ、多くの行程をひとまとめにせず、細かなステップに分け、そのたびに報酬を与えるのが適切な方法らしい。だから、大きな仕事を成し遂げるためには、最終目標と共に小さな目標や達成可能な目標を、随時掲げていくのが大切なことがわかる。

モチベーションを維持するひとつの手段としては、体を実際に動かしてみることだ。やる気がなくてもまず始めてみる、ということ。年賀状を書く気にならないとき、まずは机に座って書き始めてみる。そうすると、脳がしだいに活性化し、やる気が出てのめり込んでいく。これを作業興奮という。脳の神経細胞が活性化する、という意味だ。体を動かすことによって、それに引きずられる形で脳が目覚めるのだ。

脳のボケ――これは切実なテーマだ。認知症は、脳の変性によって記憶や知能などに障害の現れること。認知症の原因のひとつにアルツハイマー病がある。アルツハイマー病はβアミロイドという毒が脳に溜まることによって生じる。βアミロイドは健康な脳にも存在するが、この毒をうまく駆除できず長年にわたり蓄積すると、結果として脳が萎縮する。つまり何十年という長期間をかけて徐々に病気が進み認知症の症状が現れる。

読書やカード遊びなどの環境刺激がアルツハイマー病のリスクを減らすことが経験的に知られている。食物成分としてのDHA、それに運動など。カレー成分のクルクミンもアルツハイマー病に効くらしい。SAIDという非ステロイド性抗炎症薬(アスピリンなど)を飲んでいる人は、アルツハイマー病の発症が低いそうだ。NSAIDは風邪薬や頭痛薬のなかにふつうに含まれている日常的な薬。頭痛の鎮痛などに必要な用量よりも少量でアルツハイマー病の予防効果がある。アメリカの医師にはアスピリンなどの錠剤を半分に割って毎日服用している人が少なくないそうだ。

脳を鍛えるにはどうしたらよいか。著者の結論は、結局は努力あるのみだという。ハングリー精神や、何にでも興味を持つ好奇心が重要なのは明らかだが、脳の普遍的な性質を理解すれば、学習のコツも見えてくる。たとえば危機的な状況にあると、注意力や記憶力が促進されるという。空腹もまた生物にとっては危機なのである。


◆『脳ははなにかと言い訳する ――人は幸せになるようにできていた?――』 池谷祐二、新潮文庫、H22(2010)年/6
   <原著は平成18(2006)年9月 祥伝社から刊行された>

    HOME      読書ノートIndex     ≪≪ 前の読書ノートへ    次の読書ノートへ ≫≫