■ 『脳はなにを見ているのか』 錯視図形のメカニズム (2015.12.17)









「錯覚」を考えることは、結局のところ、脳のメカニズムを明らかにすることにほかならないようだ。「錯視」とは、「脳がなにを、見ているのか」、ということだ。



「見ること(視覚)」の本質は、どこにあるのだろう。眼底に映った像を、網膜細胞がまず生体の電気信号(情報)に変換する。脳が網膜から送られてきた情報にもとづいて、目の前にどのような世界があるかを知る。この過程が視覚の重要な部分であると著者はいう。網膜からの光情報にもとづいて、外界の様子を復元し、その復元されたものを私たちは主観的に感じ、復元されたものに基づいて行動するのだ。

見るための脳の仕事は、自分が受けている光がどのくらい離れた距離からやってきたかを知ることである。これらの距離情報は、目から直接とらえられていない。物理世界は空間的に3次元であり立体的である。なのに、間に介在する網膜情報は2次元で平面なのだ。ものを見ることにおける脳の本質的な仕事の第一は、2次元網膜情報からその網膜像を投影した物体の3次元構造を推定し復元することだ。





たとえば、この図を見て、どのように理解できるか考えてみよう。答えは、一つではないだろう。頂点が切りとられた四角錐にも見えるし、直方体を端からながめたようにも見える。複数の見え方が存在する理由は、紙という2次元平面に描かれた図形を、奥行きのある3次元の物体としてとらえようとしているからだ。網膜では3次元世界に関する情報は必然的に奥行き情報を失った2次元平面になってしまう。いつだって3次元物体の構造を脳が決めるためには情報が足りないのである。


2次元網膜像から3次元構造を推定するとき、脳は複数の可能性の中から、「ヒント」をもちいて、一つの解答を選びだして安定した知覚を得る。ヒントとは、ひとことで言えば「世界の構造に関するルール」である。物理世界は一定の法則で成り立っている。これらの法則を、脳は情報処理過程に前提条件として組み込んでいる。

私たちの脳は、長い進化の過程や個体の発達過程で、それらの前提条件(解決のヒントと言えばよいか)を組み込んだ情報処理機構を獲得し、問題を解いて世界を見ているのである。
ヒントのひとつには太陽の光がある。太陽は頭上から照り、足下から照ることはない。脳が網膜情報を読み解く過程に、光源は上にある、という前提をおけば、光の分布から凹凸は一義的に決まる。





もうひとつの前提条件の例が、「カニッツァの三角形」という錯視図形だ。
これは、脳が物体とその背景とを分離するときに、「手前にある物体には輪郭が存在し、奥にある物体の輪郭は遮蔽されて見えない」という奥行き関係の物理的法則にしたがっているのである。



脳の知覚が成立するための前提条件として、「太陽が上にある」「物体はなめらかである」「奥の物体の輪郭は見えない」「視点を変えてもものの見え方は変わらない」などがある。このような「解決のヒント」が神経回路が組み込まれているのである。水上から水中のえさを正確に射止めることのできる水鳥には、光の屈折を補正する脳内メカニズムが組み込まれているように。

◆『脳はなにを見ているのか』藤田一郎、角川ソフィア文庫、平成25年(2013)/4月

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