■ 『音楽史を変えた五つの発明』 平均律とは何か  (2016.1.3)




ただの音楽ファンにとって、日頃の音楽活動とは、もっぱらCDを聞くことだろう。アナログからデジタル ――CDへと、音楽メディアの大きな変革を経験してから、もう30数年がたったのだろうか。CDは画期的な発明だったったと思うのだが、音楽史における「発明」とは、何を指すのだろう。

著者のハワード・グッドールは1958年生まれの英国の作曲家。彼は5つの発明として、@記譜法(楽譜)、Aオペラ、B平均律、Cピアノ、D録音技術(蓄音機)、をあげている。このうち、「平均律」だけはハードウェアではなく、いわば方法論ともいうべきソフトウェアの範疇か。とにかく素人には難解だ。



西洋音楽の母体はグレゴリオ聖歌であるという。歌詞は書き記すことができたが、当時は記譜法が存在しなかったので、旋律は修道士たちがすべて記憶するしかなかった。記譜法を考案したのは、階名法とともにグィード・ダレッツォだという。聖歌隊員たちが聖歌の旋律を楽譜から直接読み取れるようになったのだ。階名法とは、映画「サウンドオブミュージック」の「ドレミの歌」だ。どの旋法、どの調性の曲であっても、ドレミを使って歌えることが可能になる。

平均律とは何だろう。音階内のすべての音を少しだけ調子はずれにする調律法と、言えばよいのだろうか。平均律の発明は、1722年にバッハによって出版された《平均律クラヴィーア曲集》(ウェル・テンペラメントによるクラヴィーア曲集)に由来するそうだ。音楽史上画期的な出来事だ。この作品によって西洋音楽の新たな可能性が切り開かれたことは事実だと。

この画期的アイデアが普及するためには、最大の問題は楽器の調律があまりにも難しいということ。音の高さを、うなりが出ない本来のポジションから少しだけずらす必要があったのだ。まず、詳細な数学的データが必要であり、それがすべて揃ったとしても、調律用器具がレンチと2つの耳だけという時代には平均律を採用するのは至難の業だった。

産業革命以降、精密な金属旋盤が次々と製造された。その旋盤を使って、ピアノを正確にチューニングすることが可能になった。高いテンションをかけながらひとつの音について3本の弦を鋼鉄のフレームに張り、数学的な正確さをもって平均律に調律することができるようになった。また精密旋盤で、木管楽器に精確に指穴を開けるとか、金管楽器のバルブをむらなく削れるようになったので、これらの楽器でも平均律が採用できたのだ。

平均律が生まれたきっかけには次のような背景がある。現代の一般的なピアノには88の鍵盤があり、これは7オクターブだ。1オクターブが12の音に分かれている。12の音がほぼ等間隔に並んでいるが、13番目の音は、わずかに最初の音からずれた位置に来てしまう。微妙にずれている2つの音を同時にならすと、不快な響きがする。このため、複数の音の組み合わせはうまく機能せず、ハーモニーは濁り音階の安定性がおびやかされる。

この解決策として、採用されたのが「平均律」という考え方だ。すなわち数学的に均等になるようにオクターブを12に分割し、等間隔に音を配列するやり方だ。平均律では1〜12番目の音と微妙に音程がずれる13〜21番目の音を一切使用しない。その結果、調性にはかかわりなく、音の高さはそれぞれ統一され、転調ははるかに容易になる。

現在われわれは、音楽をすべて平均律というフィルターを通して聞いている。意図的にいびつな状態を目指した平均律が、私たちの耳には正しく聞こえる。あまりにも長い間このようなゆがみを受け入れてきたため、私たちは自然界の法則に従った音楽が持つ、多様な色彩や陰影を聞き分ける能力を失ってしまったという。


◆ 『音楽史を変えた五つの発明』 ハワード・グッドール/松村哲哉訳、白水社、2011/3

歴史は「べき乗則」で動く
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