■ 『おいしさの人類史』 旨味は日本の発見  (2016.7..2)







本書は「風味」――日本語のタイトルに従えば、「おいしさ」と言い換えてもいいだろう――の歴史をたどったっものである。著者は地球規模の魚類供給危機の分析でピューリッツアー賞を受賞したそうだ。「風味」は、人類の苦闘、願望、失敗が書きこまれている、石版のようなものだという。味覚から人類史をたどるユニークな構成だ。日本人読者にとっては、とくに「旨味(うまみ)」への言及が興味深い。著者はおわりに甘味の過大摂取に警鐘を鳴らしている。



いわゆる味の基本要素は5種類――甘味・塩味・苦味・酸味・旨味。脂肪が第6の基本味として固定される可能性もあるそうだ。1990年代には機能的磁気共鳴画像診断装置(fMRI)が登場し、食べたり、飲んだり、匂いをかいだりしたとき、脳のどの部位が活性化するかを調べられるまでになった。

味覚の研究は特別に難しいという。味覚以外の感覚 ――視覚・聴覚・触覚など――では客観的な測定・評価が可能だ。一方、味覚では、飲食物の化学成分は客観的に測定可能であるが、それらの感じ方は個人によって大きく異なる。繊細な感覚の人もいれば、鈍い人もいる。食物の好き・嫌いも、主観的な感覚だ。さらに、文化や地理的な背景によっても影響を受ける。

おいしさ」が生まれたのは、初期の生命体が周囲の世界を感知しはじめ、近くの海中に漂う栄養素の味に神経を興奮させたときだったろう。三葉虫が出現した約5億年前には現在のような自然が芽吹きはじめた。三葉虫は、生物として初めて、他の生物を常時補食するようになったのである。

サルが進化し数百万年を経てヒトが出現する。そこでは、味覚、嗅覚、視覚、聴覚、触覚がひとつに融合して、「おいしさ」に対する感覚が生み出されていた。数十万年にわたる進化によって脳は大きくなり、味覚もより洗練されたものになっていった。この進化の過程は、現代に生きるわれわれにの味覚遺伝子に刷り込まれている。

発酵」は今や風味をもたらす大きな源。発酵食品は個々の食品に相乗効果をうながし、より大きなものを生み出している。そこで、特別な役割を果たしているのが「旨味」だ。発酵は膨大な量の旨味を解き放っている。肉のたたき、チーズ、トマト、ピクルス等々。とりわけ醤油、魚醤、味噌といったアジアの食品は旨味に満ちている。

旨味」は、多くのすぐれた食材の組み合わせで結合組織の役目を果たしている。さまざまな味とにおいの相乗効果をもたらし、かすかな風味をしっかりしたもにのする。また、チーズに苦味とピリッとした酸味をもたらし、チキンスープに元気が出るような感覚をもたらすのも旨味だ。旨味は、生物学的に甘味に似ており、脳の快楽中枢へのダイレクトメールを発信しているのだ。

味覚は口の中に入ってくるあらゆるものを化学的に検査するガードマンだ。ヒトが太古から食べ続け、飲み続けてきたものによって形作られている。苦味はそもそも毒薬を身体に入れさせないための生物学的警告システムとして登場したものだった。苦味に対する根本的な嫌悪感は、多細胞生物が誕生したときからのものだろろう。

なぜヒトは、苦いコーヒーやビール、辛いトウガラシやワサビなど、好きになるのか?これは多分、人類が、変化に富む生息地――サバンナや低木地帯だけではなかった。火山があり、川や湖があり、平原や峰などを、移動したことこそ、どんな環境でも暮らし繁栄できる技術を人間が最初に学ぶきっかけになったのだろう。

世界はいま巨大な甘味の生体実験を行っているのではないか。厖大な資源を費やして何十億人もの生きた被験者を糖分の飽和状態にしている。甘味のどこが、これほどまでに苛烈な」魅力を放つのだろう。どうやら砂糖が舌の上で溶けるときに感じる素朴な喜びは脳の奥深くにある構造にしまい込まれた特定のニューロンの産物であるらしい。


◆ 『おいしさの人類史 人類初のひと噛みから「うまみ革命まで』 ジョン・マッケイド著/中里京子訳、河出書房新社、2016/2
    <TASTY:The Art and Science of What We Eat>

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