■ 『ピアニストだって冒険する』 3歳にして天才ピアニスト (2018.1.21)









ピアニストの中村紘子さんは2016年に亡くなった(享年72)。1944年生まれの同世代なので、いつも活躍ぶりに注目していた。最近は浜松国際ピアノコンクールの審査委員長として、若手の育成にあたっていたのが大きな仕事か。日本人にこだわらずに才能のあるピアニストを世界の舞台に送り出していた。

彼女のもう一つの顔としてエッセイストを忘れることはできない。ピアニストならではの視点に加えて、エスプリの効いた数々のエッセイを出版している。『ピアニストという蛮族がいる』では、自らラフマニノフのピアノ協奏曲第3番の音符を数え、18,736と報告している。これだけの音符をきっちり頭と体で覚えて弾くのだという。


本書は最後のエッセイ集とのことだ。いつものように鋭い切り込み―とくに本場のピアニストと日本人ピアニストの差異を喝破する場面――がある。中村紘子は3際から井口愛子のもとでピアノを習り、天才少女として名を馳せる。ものごころがつくようになってから、一つの疑問が心の中でモヤモヤとするようになったという。「どうして私の弾く音は、あの『本場』のピアニストたちが出すような、ふわっと柔らかく豊かで、シンはあるのに音の周りが美しい霧に包まれたような、ああいう響きにならないのだろ?」と。

はっきりととした違いとは、一言に言えば、「響きが無い」に尽きるだろうか。94年に「第2回浜松国際ピアノコンクール」に初めて審査員として参加した。このとき日本人参加者と欧米そしてロシアの参加者たちとの間に歴然とした違いがあるのに、内心ショックを受けたという。音の大小や強さのことではない。そこにこめられた奏者の率直な想いや息吹、思想や宇宙、要するにつきつめて言えば、その人を育んできた「文化」のことに他ならないと。

晩年まで、日本ピアノ界の未来に大きな期待をよせていた。ヤマハホールで聞いた菊地裕・鈴木弘尚の2人のピアノに注目。それぞれ非常に洗練された演奏だという。菊地の知的魅力に富んだ解釈と鮮やかな技巧。鈴木のしっとりと味わいのある叙情性、あれほど自然で美しいフレージングができる演奏家には、ことに日本においてはめったに出会ったことがないと。


◆『ピアニストだって冒険する』中村紘子、新潮社、2017/6

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