■ 『うらがえし文章講座』 四拍子のリズムを意識すること (2009.10.23)



翻訳者である著者によれば、欠陥翻訳には誤訳と悪訳があるという。誤訳は無知あるいは不注意に原因がある。悪訳は日本語の表現上の問題にかかわる。何度読み返しても意味がくみとれない、わけのわからない文章のことだ。

翻訳はまっとうな日本語でなければならない。要求されるのは、まずは文章の伝達性だ。丸谷才一の『文章読本』から「達意といふこと」を引いている――「文章の最も基本的な機能は伝達である。筆者の言はんとする内容をはつきりと読者に伝へて誤解の余地がないこと」。さらには、論理性――話の「筋が通っていること」。記述に矛盾がなく。文章各部の因果関係、時間的関係などが明晰で無理なく頭に入ること。

翻訳というのは実は日本語力の問題なのだ (これが書名の「裏返し…」の所以)。日本語の特質をわきまえることが必要。まず主語の問題がある。日本語はたとえ主語が明示されていなくても、文脈からそれがわかる、これは助詞「は」の働きによる。「は」は主題を明示する助詞である。いつも取りあげられる「ゾウは鼻が長い」という例文からは、「ゾウは」で主題がゾウであることを示し、ついでゾウについて言えば「鼻が」と改めて主語が出てくる。

一度「は」で主題が示されると、次に「は」が出てくるまで主題が継続する。そのために主語が省略できる。たとえば「太郎は部屋に入ったとき、花子が泣いていることに気づいた」。「は」と「が」を入れ替え、「太郎が部屋に入ったとき、花子は泣いていることに気づいた」とすると。今度は「花子は」で、この文の主題は花子になる。「気づいた」の動作主も花子で、泣いているのは太郎となる。

日本語ぐらい一人称代名詞の多い言語はない。それに、二人称の使い方がむずかしい。「あなた」という二人称は、それほど遠くも近くもない、ごく限られた範囲でしか使われない。日本語は人称代名詞を使わないですむようにできている。必要なときには代名詞の代わりに、固有名詞や地位身分をあらわす普通名詞を使う。「首相の」とか「息子に」とか。なるべく「かれ」「かの女」の使用頻度を減らすこと。人称代名詞がたくさん出てくると、日本語独特の滑らかさ、美しさがなくなる。

悪文を生み出す要因には3つあるという。
@ 1無恥・無思慮――権威主義が品位を落とす。大学教授だからといって、抜群の日本語表現力を持っているとは限らない。大学の先生はだいたいが自信家。意味不明のジャーゴンや専門用語が頻出する。 「おける」「関する」「対する」「による」「とっての」「ところの」と、いかにも学者風にえらぶったことば。また、わざわざカタカナ語にして、えらそうな顔をするとか。

A音痴――耳の悪さが変調を招く。耳にどうひびくか、これを大事にすること。日本人は生理的あるいは環境の影響で四拍子好きである。応援の三三七拍子のように、いつの間にか四拍子のリズムをとってしまう。。
――休拍を入れると三拍子ではなく四拍子というのが著者の主張だ。句読点や息継ぎの箇所で分割したときに、文の各部分の長さにバランスがとれる。リズムがよく、読みやすくなる。例えばこうだ、「イヌが走っていた」(三拍子)→ 「イヌが一ぴき走っていた」(四拍子) とすること。……なかなか説得力のある主張である

B無知・無感覚――知性・感性の乏しさが駄文・拙文を生む。例えば、ラ抜きことば(「見れる」「出れる」のたぐい)とか、サ抜きことば(「取らさせていただきます」 →「取らせていただきます」)などに注意すること。


◆ 『裏返し文章講座 翻訳から考える日本語の品格』 別宮貞徳、ちくま学芸文庫、2009/7

    HOME      読書ノートIndex     ≪≪ 前の読書ノートへ    次の読書ノートへ ≫≫