■ 『私の日本音楽史』 異文化との出会い (2013.5.29)




僕の心の中での音楽は、単純に音楽として存在しているのではなく、もっと広い社会、民族、国家の中での大きな渦巻きと関係をもったものである、と著者・團伊玖磨は言う。日本の音楽の渦が、歴史の中で、どんな姿をしながら、どんな風に動いてきたのかを、わかりやすく、自身の体験をも加味しながら考察したいと。

本書は、「NHK人間大学」において、1997年4月〜6月に放送された『日本人と西洋音楽〜異文化との出会い』のテキストをもとにしている。刊行されてからすでに十数年を経ているのだが、手軽でコンパクトな形で ――西洋音楽との出会いのなかから、日本音楽の歴史を教えてくれる。作曲家である著者の平明な語り口をふくめて、体験的な記述が興味深い。

最初に日本に定着した外国の音楽は7世紀前後に渡来した唐楽や朝鮮半島の音楽である。これらは日本の雅楽の枠組みに組み込まれた。鎌倉時代以降に発生した新しい日本音楽は、外来の音楽に影響されることなく純粋に培養され江戸時代において全面開化した。謡曲から三弦にいたる日本音楽の最大の特徴は、音が言葉や演劇と常に結びついていたことにある。

16世紀後半にキリスト教の宣教師により西洋音楽が伝えられた時期があった。しかし、グレゴリオ聖歌をはじめとする音楽は、あまりにキリスト教と密着したものだった。徳川幕府のキリスト教禁教令(1614年)に伴って、断絶を余儀なくされる。以後、長い鎖国を経て、本格的に西洋音楽の受容と咀嚼に取り組んだのは明治時代になってからである。初めは軍楽隊によって、ついで唱歌という形で教育の分野に摂取された。

明治時代には軍楽隊こそ西洋音楽の窓だった。器楽では同時代の曲をはじめ、モーツァルト、ベートーヴェン、ロッシーニ、ヴァーグナーなど西洋クラシック音楽を吹奏楽編曲とはいえ事実上初演した。

唱歌教育の推進力となったのは伊沢修二である。アメリカ人音楽教育家メーソンが選曲を担当し、二人三脚で「小学唱歌集」を編纂した。スコットランド民謡に日本語の歌詞を付けた、「蛍の光」や「庭の千草」などが採用された。雅楽や俗楽からとられたもの、新たに創作されたものもあった。これらは、全国に行き渡り、多くの人々に歌われて、その後の日本の唱歌の流れを決定づけた。

大正時代にはレコードの浸透に伴って流行歌が生まれる。昭和に入ると、ラジオという強力なメディアの誕生によりさまざまな音楽が全国へと発信され始める。一方で西洋クラシック音楽の受容も進んだのだが、結局、化はしなかった。明治の唱歌は四七抜き短音階へと収斂し、大正の流行歌はそれを基本形として現在にいたるのである。

幕末のペリー来航時のエピソードが面白い。アメリカ東インド艦隊司令長官ペリーが、4隻の軍艦を率いて浦賀沖に来航したのは1853年7月(嘉永6年)である。この黒船ショックは、日本人と西洋音楽との出会いという面からも大きな意味を持つという。久里浜海岸で、合衆国大統領からの国書の授受が行われた。ペリーは軍楽隊が演奏するなか日本上陸の第一歩を踏み出す。このとき、軍楽隊が演奏した音楽が日本人が久しぶりに聞く西洋音楽だったのだ。

上陸した軍楽隊の楽器編成については警備の沼津藩士・手島栄之進の写生図が残っている。小太鼓、シンバル、フルートらしき笛、ラッパ(コルネットか)が描かれている。きわめてシンプルな編成で隊員も9名ほど。実際には、隊員の人数ももっと多かっただろう。当時の日本人は初めてみる楽器を描き分けることができなかったのだろう。演奏された曲のうち1曲だけは、「アメリカ国家」と分かっている。

さらに翌1854年春に条約交渉のためペリー艦隊が再来日したとき。旗艦ポーハタン号で日本側交渉委員を招いて午餐会が催された。席上2組の軍楽隊が音楽を奏でたという。このとき、黒人の扮装をしたポーハタン号乗組員が、余興のショーを行い、おもしろおかしい演技と歌を披露し、日本側委員にも大好評を博したという。

その後、ペリー艦隊が函館を訪れた際にも、また6月に日本を離れる直前に下田においても、このショーを披露している。このとき、演奏され歌われた曲目にフォスターの作品が含まれていた可能性が高い。「おおスザンナ」「草競馬」などだ。現代にも愛唱されているフォスターの歌を江戸時代末期の日本人たちが同時代のモダンな音楽として喜んで聞き、感動していたとは!

ペリー艦隊の軍楽隊が奏した西洋音楽は、直接的な影響を日本に残すことはなかった。西洋式兵制を国家政策として取り入れることに伴い、調練用の軍隊という形から徐々に日本に入り込んできたのだ。


◆ 『私の日本音楽史 異文化との出会い』 團伊玖磨、NHKライブラリー、1999/7

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